69 / 138
かりそめ(11)*
僕が潤さんに似ているから……、だから教授は僕を抱いてくれる。
だから僕は、教授の傍にいることができる。
それだけが教授と僕を繋ぐ、ただひとつの理由だった。
――――僕は逃げない。二度と離れなたりしない。
あの時、僕は教授にそう誓ったのに。
――――ずっと一緒に居させて……弟さんの代わりでいいから。
新しい季節の訪れと共に、あの時、僕は教授の手で殺されて、そして生まれ変わったつもりでいた。
『伊織』と、ぎこちなく呼んでくれるようになったのが、少し擽ったいけど嬉しくて。
でも、教授の中の僕が、僕に戻っていってしまうのが怖かった。
いつだって僕の望みは、ただひとつ。
たったひと時でいいから、教授に愛されるただひとりの人になりたいと願っていた。
たったひと時でいいから、僕は、雨宮潤になりたいと願っていた。
「伊織?」
優しい手が僕の背中を抱きしめて、甘く低く響く声が、頭の上から落とされて、一層激しく打ち上げられる花火の音に重なった。
居たたまれない気持ちが押し寄せてくる。
「……あ、浴衣の汚れを早く落とさないと……」
そう言って、繋いだ身体を離そうとした僕を、教授が背中に回した腕に力を込めて引き留めた。
「……あ……ッ」
また身体が深く沈み込み、まだ中にいる教授の形をはっきりと感じてしまう。
「浴衣は、いいから」
「……でも……、シミになってしまったら……」
「いいよ。この浴衣は、今年で最後にするから」
(え……?)
それは、どういう意味なんだろう。
この浴衣を着ても、僕が潤さんの代わりになれなかったから?
もう来年は、僕がこの浴衣を着る必要がないということ?
心臓が痛いくらいに早鐘を打ち始めて、不安な予感が込み上げてくる。
教授の口から出る、次の言葉を聞くのが怖かった。
「……伊織」
名前を呼ばれても、俯いたまま顔を上げることも出来ずにいる僕の髪を、教授の指が梳くように撫でていた。
「もう……、潤の真似をするのは、やめなさい」
「…… !」
心臓が止まってしまったように苦しくて、僕は声を失ってしまう。代わりに堪えていた涙が次々と溢れて、教授の浴衣の肩を濡らしてしまっていた。
ともだちにシェアしよう!