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かりそめ(14)
――そうやって、自分を誤魔化しながら生きてきた。
そこまで言い終わると、教授は硬く目を閉じた。
過去の記憶に想いを馳せて、涙をこらえているのだろうか、黒い睫毛が震えていた。
大切な人をそんな風に目の前で失ってしまった教授の気持ちを思うと、僕もさっきまでとは違う想いの涙が込み上げてくる。
その時の教授の慟哭が聞こえてくるような気がして、胸が戦慄いた。
だけど、きっと僕には想像も出来ない程の哀しみの大きさだろう。そう思うから、教授がこらえているのに、僕が涙を流すわけにはいかない。
「……伊織」
教授がゆっくりと瞼を上げて、僕を呼ぶ。
「あれから12年経って、初めて君を見た時の衝撃は、今でも忘れられないよ」
潤んだ黒の双眸の奥に浮かんでいるのは、僕の泣きそうな顔だった。
「最初は、潤に似ている君のことが気になって、気が付けばいつも目で追っていた。駄目だと頭では分かっていたのに、それでも俺は、ずっと君に潤を重ねて見ていたんだ」
知っていた……。
いつもどこからか誰かの視線を感じて、顔を上げるといつもそこには教授がいた。そして、必ずその漆黒の瞳と目が合うのに、教授は何もなかったように直ぐに逸らしてしまう。
その時は、もしかして教授も僕のことを……と、思ったりもしたけれど。
今はもう、教授が僕じゃなく、潤さんを見ていたということは分かっていた。
「そしてあの日、とうとう俺は君を潤の代わりに……」
教授は辛そうに眉を寄せ、そこで一旦言葉を途切らせて息を吐く。
「でも……君は潤じゃない」
潤じゃない、という言葉に胸が締め付けられる。
「そのことを、あの時教えてくれたのは君だよ、伊織」
――『愛してます、兄さん』
「潤は、俺を愛してはいなかったから」
――――教授と初めて身体を繋げた、あの時……。
雨宮潤になろうとして言った僕の言葉が、まさか逆に教授に気付かせていたとは思ってもみなかった。
「だから、あの日から俺は気付くことができたんだよ」
教授の言葉を聞きながらも、僕はどうしようもなく不安に駆られていた。
だからもう、ここに居る必要はないんだよと、言われたらどうしよう。だって、花火の夜はいつも良くないことが起きる。今が幸せであればあるほど、突然何かを奪われる。
そんな思いはもう二度としたくない。
両手で頬を包まれたまま目線を合わせられて、僕は願うようにその瞳を見つめ返していた。
――どうか、貴方の傍にずっと居させて。愛されてなくてもいいから。
「潤は俺のことを、こんなに愛で満ちた眼差しで見てはくれないよ」
教授はそう言って、ふっと優しく微笑むと、僕の眦に口付けをくれた。
「いつも真面目に課題に取り組む、君の姿が好きだよ」
(――え……?)
教授が言った言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「少し冷めたように周りと距離を置いてるように見えても、実はさり気なく他人を気遣っていることも俺は知っているよ」
「……先生……」
思わず、そう言葉を漏らせば、教授の指先が僕の唇を優しくなぞる。
心臓がドキリと高鳴った。
「“先生”と呼んでくれる、君の少しハスキーな高い声が好きだよ」
また目頭が熱くなって、じわりと目の前が霞がかってしまう。
「こうして抱きしめると感じる、君の匂いが好きだよ」
しなやかで逞しい腕にきつく抱きしめられて、目を瞬いた瞬間に熱い涙が零れ落ちてしまった。
「柔らかくて、少し癖のある色素の薄い髪も、俺は大好きだよ」
僕の髪を指に絡めながら、甘くて低い声で耳元に囁く。
「潤と君を重ねて見ていた俺に、こんなことを言う資格はないのだけれど……」
夜空に響く花火の打ち上げられる音が、忙しなく鳴っているのに、不思議と苦しさを感じない。
「俺は今、君を愛してるんだよ、伊織」
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