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かりそめ(18)

 ホームに設置されている発車標には、もう時刻の過ぎた案内が表示されていた。  でも、遅れてはいるけれど、とりあえず動いてる電車はあるらしい。次の電車が前の駅を出たというアナウンスが流れていた。  僕は小さく溜息を零し、並んでいる列の最後尾らしき場所で待つことにした。  列と言っても、混雑のあまり、ホームを歩く人の流れと入り乱れ、どこまでが並んでいる列なのか分からない。  朝の通勤通学のラッシュ時と違い、休日でどこかに出かけようとしている家族連れも多く、あちこちで子供の泣き声が聞こえてくる。  そうしているうちに、さっきアナウンスのあった電車がホームに入ってきた。  ドアが開いても、降りてくる乗客は殆どいなくて、車内は満員で、ひしめき合っている。  そこにホームから無理やりに何人かが乗り込んで、ドアが窮屈そうに閉まる。これではホームで待っている人の数はなかなか減らない。 (参ったな……これは時間がかかりそう……)  そうして何本か電車を見送って、列も少しずつ動き、やっと僕も次には乗れるだろう位置が回ってきた。  その電車も、予想通り車内は既に混みあっていた。ドアが開いても誰も降りる人はいない。僕の前に並んでいた数人が乗り込んで狭い隙間に足を踏み入れた。  若い女性が四人と、大学生っぽい青年と、サラリーマン風の二十代半ばくらいの男性が一人。  女性四人は、左右に分かれ、ドア横の手摺りの位置に立ち、大学生っぽい青年は混みあう乗客の間隙を縫うようにして、奥へと入って行った。  そして最後に僕が乗り込んだ位置は、サラリーマン風の男性の前。そこにしか足を踏み入れる空間が無かった。  細いストライプのワイシャツにスラックス、肩に薄型のビジネスブリーフケースを掛けている。男は車内に乗り込んですぐに振り返り、ドア側に向いて立っていた。  リムレスタイプの眼鏡をかけていて、そのレンズ越しに目が合って、僕は一瞬乗り込むのを躊躇した。  こういう視線には覚えがあった。  じっと張り付くような、好奇心に誘われているような。そんな感覚。  だけど電車の発車を知らせるメロディーと、車掌の『ドアが閉まります――』というアナウンスにせかされた。  背中に回していたボディバックを胸のところで抱え直して、僕は男に背を向けて電車に乗り込んだ。  前に視線を向ければ、僕の後ろに並んでいた中年の女性が、その後に続こうとしている。  あと少しだけ詰めれば、その人も乗れそうな気がして、咄嗟に半歩ほど足を後に引いた瞬間、背中が後ろに立っている人の身体にぶつかってしまう。 「……っ」  その上僕は、彼の足を踏んでしまっていた。  

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