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かりそめ(22)*

 男の言葉に全身から力が抜ける。 (――誘ってなんか……)  悔しさと情けなさ、そして諦めが、頭の中をかき混ぜた。  ――いつも、いつも、どうしてこうなるんだろう。  同性を好む人間なんて、どこにでもいる訳じゃない。なのにこうして引きよせてしまうのは、男の言う通り、きっと自分が悪いんだ。  最初にこの男と目が合った時から、こうなることは分かっていたじゃないか。それなのに、自分からこの電車に乗ってしまったんだから。  あの時、後ろに並んでいた中年の女性を、先に乗るように譲ってあげれば良かったのに。そうしなかったのは、こうなることを心のどこかで期待していたんだ。  どんなに取り繕っても、どこまでいっても、僕は僕のままだ。今までの自分の過去は、消えたりしない。穢れてしまった身体は最初には戻れない。  押さえつける力の弛んだバッグの下で、男の手が好き勝手に動き始める。  硬くなり始めている僕の形を確かめるように、ズボンの上から無骨な指がなぞり、掌でゆるりと擦り上げられて、否応なく反応してしまう。 「……っ」  呼吸が早くなり、酸素を取り入れたくて薄く開いた唇から吐息が零れ、後ろの男が笑う。 「お前、やっぱり男を知ってるだろ」  これはきっと、罰なんだ。  こんな僕が、教授の隣に居ていいはずがなかった。  なんで忘れていたんだろう。 (――――雨宮先生……)  しっかりと繋がっているはずの運命の糸が、指の間からすり抜けて消えていく。  ――『君は穢れてなんかいない。無理に消す必要なんて無い。憶えておけばいい』  ふと、昔そう言ってくれた人の顔が、混乱した頭の中に過った。  ――『そんな風に思うということは、そうしてきた事を後悔しているからだろう? それを分かっているのなら、君の魂は綺麗だと思うよ』  本当に、そう思っていいのかな。  教授は、僕が手を伸ばして、やっと届いた光だった……。  初めて本当に人を愛するって、どういうことなのか知ることができたんだ。  ――『愛してるよ、伊織』  目を閉じて心を落ちつけると、少しぎこちなく呼んでくれる柔らかい声が聞こえてきた気がした。 「次の駅で降りるよな?」  低い声で囁きながら、男が両腕を回し、動けないように僕の腰を拘束する。ずっと身体に擦りつけられている男の主張は、さっきよりも硬くなっているのが、はっきりと伝わってきた。 「……嫌だ」 「なんだって?」 「嫌だって言ってるんだ! その手を放せよ!」  そうだ。本当に嫌なら、周りなんか気にしないで、もっと本気で拒否しなくちゃ駄目なんだ。  僕は、こんな男を自分から誘ったりなんかしない、絶対に。もう後悔なんてしたくない。  ――――やっと掴んだ幸せを、手放したりなんかしない。  

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