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かりそめ(25)
「オレが雨宮先生なら、岬くんをこんな満員電車に絶対乗せたりしないけどなぁ」
「……雨宮先生?」
(――どうしてここで先生の名前が出てくるんだろう?)
最初は意味が分からなくて、僕は答えを求めるように、朔さんの瞳をじっと見つめ返した。
「……あれ? 付き合ってるんでしょ? 先生と」
心臓がドキッと跳ねる。
「なんで、そう思ったんですか?」
「え? だって分かるでしょ? 普通。あれだけ見せつけられたら、誰だって分かるよ」
それで漸く思い出した。あの日、教授の個展の最終日。搬出作業を終えた時のことを。
――『それはそうだろう、朔が気づくようにワザと言ってやったんだから』
確かに、教授はあの時朔さんを牽制するために、ああいう言動をしたのだと言っていた。
あの時は、教授は潤さんと僕を重ねて見ていると思っていたから、本当のところは、はっきりと分からなかったんだけど。
ここは一応、“違う”と、否定した方が良いのか迷う。
「それにさ、今、岬君は先生の家で一緒に暮らしているんじゃない?」
「えっ? なんでですか?」
今度こそ、僕は驚きを隠せずに目を見開いた。そんな僕を、朔さんはどこか面白そうに見つめ返してくる。
「オレが先生の作品を二階に上げに行った時さ、玄関の三和土にキャリーバッグが置いてあったのを見たから。あれは色からして、先生の物じゃないよね? だからすぐに分かったんだよ」
「あ……」
あまりにも的確に当てられて、すぐに言い返すことが出来なくて、僕は口を噤んで思わず俯いてしまった。
クスっと小さく笑いを零し、朔さんは大きな手で、俯いたままの僕の頭を乱暴に撫でてくる。
「何心配してんの。だからって、オレは言いふらしたりしないし、責めたりもしないよ?」
恐る恐る顔を上げると、芸能人並みの端正な顔で微笑みを向けてくる。
「でも……そうだなぁ。誰にも言わない代わりに、グループ展に出す作品のモデルになってくれないかな」
「それは嫌です」
間髪をいれずに答えると、朔さんは声をあげて笑い出した。
「ちょ……っ、即答で断るのやめてくれる? こういう時は少しくらい考える振りとかしてくれてもいいと思うんだけど」
「……だって……僕、モデルなんてできないです……」
教授は、僕の進路のことを思って、二人の関係は誰にも知られないように注意した方がいいと言っていた。僕もこのことがバレて、教授に迷惑をかけることだけは絶対に避けたい。
教授も朔さんのことは、“言いふらしたりするような男じゃない”と、言ってたけれど……。
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