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かりそめ(26)

 相変わらずホームは次の電車を待つ人で混み合っている。  僕の隣に座っていた人が痺れを切らしたように立ち上がりどこかに移動して行き、空いたところに朔さんが腰を下ろした。 「でもいいなぁ、岬くんが羨ましいよ。先生と一緒の家で暮らせるなんて。大学でも家でも、ずーっと一緒かぁ~」  ――――え?  僕は驚いて隣を見上げた。  朔さんは、混雑する人の波をぐるりと見遣り、その視線が僕へと戻ってきて目が合った。 「……朔さんは……」  初めて会った時から、少し気にはなっていた。言葉の中で見え隠れする、教授に対する朔さんの想い。  ――――それは、ただの憧れなのか。それとも恋愛感情なのか。 「ん?」  僕に向けてくる眼差しは、穏やかで優しい。その瞳をじっと見つめて真意を窺う。 「朔さんは、先生のことが好きなんですか?」  朔さんのスッと切れ上がった目が、大きく見開かれた。  動揺しているわけではなく、僕の質問に、ただ驚いている表情に思えた。 「……もちろん、好きだよ」  綺麗な顔に微笑みを浮かべて、「表現者、“雨宮侑”をね」と、言葉を続けた。 「前にも言ったと思うけど、オレ、雨宮先生に憧れて、他の大学から院試受けに来たんだ」  ――先生に憧れて……。それは僕も同じだった。 「岬くんは……オレが先生に恋愛感情が、あるかないかを聞きたいんだろう?」  言い当てられて、僕はためらいがちに小さく頷いた。 「恋愛感情が、あるかないかと聞かれたら……ないよ」  朔さんは、そう答えてから遠くを見遣り、また僕へと視線を戻して意味ありげに口角を上げた。 「今は……ね」  ドキリと心臓が不安に跳ねる。 「それって……これから好きになる可能性があるってこと?」  朔さんは、「いや……その逆」と、苦笑しながら首を横に振る。 「……入学してからずっと、すぐ傍であの人のことを見てきて、作品の世界観や絵に向き合う姿勢にだけではなく、それ以上に雨宮侑という一人の男を、オレは好きなのかもしれないと、思い始めていたんだ」 (――――やっぱり……) 「だから、個展の手伝いとか、先生の仕事のアシスタント的な事は率先してやってきたし、先生に認めてもらいたくて、自分の作品制作も頑張ってきたつもり」  ――ずっとこのまま、先生の傍で絵を描いて生きていければと、思っていた……。

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