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かりそめ(27)

「で、そんな時、オレの目の前にガニュメーデースが現れた。まるで絵画から飛び出してきたようにね」  ――それは君のことだよ? とでも言うような視線を僕に向けてくる。 「……え? いや、あれは僕じゃないって前にも言いましたよね?」 「うん、確かに。最初はガニュメーデースを君でイメージして描いたのかなって思ったりもしたけど、やっぱり、あれは似てるけど岬くんではないんだよね……」  朔さんの言いたいことが分からなくて、僕は首を傾げて眉根を寄せた。 「先生もたぶん意識して描いたわけじゃないとは思う。それでもあの絵の中には、微かに岬くんの存在も感じるんだよね……オレは」 (――あの絵の中に僕の存在が……?) 「……いや……、そんなことはないでしょう……」  あくまで朔さんがそう感じただけで、僕には分からない。  あの絵を初めて見た時に感じたのは……、“似ているけど、これは僕じゃない”ということ。  “Aquarius”と“岬”の絵は、二つがそろって一つの想いになる。あの絵には、教授の想いが込められていた。あれは、確かに潤さんを想って描いたものだ。  もしも朔さんの言う通りだとしたら、それは教授が僕に潤さんを重ねて見ていたから……? 「オレの知る限り……先生の作品の中で、あれだけなんだよね。岬くんの存在を思わせる絵は……」  僕も……今までの先生の作品の中で、潤さんを描いたものは見たことがない。  ――どうして先生は、今、潤さんを描きたくなったんだろう。  あの絵の中に僕の存在が僅かでもあるのだとしたら……もしかしたら教授は、潤さんと僕を重ねながらも、違う人間だということを確かめたかった?   ちらりと、そんな疑問が浮かんでくるけれど、きっと答えは永遠に分からないと思う……。きっと教授にも。 「まぁとにかく……、それでオレは岬くんには敵わないと思ったわけだよ」 「はぁ……」  あの絵に込められた想いが、朔さんの言う通りかどうかは分からないけれど、とにかく今は、朔さんは教授のことは諦めたと、思っていいのかな。 「それと同時に、オレは君に興味が湧いてきたけどね……岬くん」 「……え?」  驚いて隣を見上げると、朔さんは悪戯っぽい表情を浮かべて笑っていた。

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