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かりそめ(28)

「……なんで僕なんかに……なんの興味があるんですか」と訊けば、朔さんは少し考えて「分からない」と言って苦笑した。 「だからさ、君の絵を描いてみたら、分かるんじゃないかと思って」 「じゃあ、一生分からなくていいです」  僕が返した言葉に、朔さんは声をあげて笑い出した。 「ね、そういうところだよ。今までそんな風にはっきりとものを言う後輩はいなかったから、余計に興味が湧いてくるんだよね」  それはそうだろう。こんなイケメンにずけずけものを言う後輩なんていなかっただろう……と、心の中で思う。 「そんな君が、教授といる時はまた違った雰囲気を漂わせてたんだよね。なんて言うか……妖艶で、傍に居たら、つい触れてみたくなるって言うか……」 「……そんなこと……」  朔さんに言われて、一瞬で顔が熱く火照り、僕は思わず視線を横に逸らした。あの日、搬出作業を終えた後に、教授が僕の肩を抱き寄せた時のことを思い出して。  同時に、僕と目が合った時の、朔さんの表情の変化が脳裏に蘇ってくる。  ――ほんのり頬を赤く染め、切れ長の目は大きく見開かれて……。 「ほら、その顔だよ。ヤバイって。今、先生のこと考えてたでしょう?」 「……ち……、違います」  でもほぼ言い当てられて、余計に熱くなった頬を両手で押さえると、朔さんが大袈裟な溜息をつく。 「だからさ、そんな岬くんを一人でこんな満員電車の乗せてしまう先生の気持ちが分からない」 「ええっ?」  驚いて視線を戻すと、なぜか朔さんの顔も赤く染まっていた。  思わずまた、朔さんから目を逸らしてしまう。 「いや、先生は知らないですよ。今日僕がこんな満員電車に乗ってることは……」  急な事故だったんだし、教授は今はあの岬に行っている。ああいう目に遭うかもしれないと分かっていたのに乗ったのは僕自身の責任だった。教授は関係ない。 「……そうなんだ」  知らなかったんなら仕方ない……と、小さく呟くような声が聞こえてきた。 「でも岬くんは自分でも、満員電車には乗らない方がいいって、分かってるんだよね?」 「……はい」  でも高校を卒業してからは、前ほど酷くはなくなっていた。だから油断していたということもある。  高校の時も……あの頃は、そんな僕をいつも守ってくれていた友人がいた。  ――『明日からは、俺がお前のボディガードになってやる』  遠い日の記憶を思い出していると、朔さんの声がそれを遮るように聞こえてきた。 「岬くんの気持ちは分かるよ。オレも高校一年頃までは、同じように弱い立場だったから」

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