87 / 138
かりそめ(29)
「……朔さんが?」
「うん」
僕と同じような弱い立場って、どういうことだろう。
「オレ、小さい時は身体弱かったし、高校一年の頃は身長も160なくて、ガリガリだったんだよ。絵ばっかり描いてて、スポーツは何もしてなかったしね」
「え……?」
今の朔さんの身長は、185cmは超えてると思う。肩幅も広く、半袖のシャツから伸びている長い腕には、しっかりと男らしい筋肉がついている。そんな朔さんがガリガリだったなんて想像もつかなかった。
「よく女の子に間違えられて、悩んだ時期もあったよ」
そう言って、朔さんは笑ったけれど、僕は笑えなかった。それは僕も同じだったから。
「でも学生服を着てたら男だと分かるはずなのに、通学の満員電車で触ってくるのは男なんだよね」
僕は思わず、朔さんに目を合わせた。
朔さんは、小さく笑いを零し、「岬くんと同じだろ?」と言った。
「きっとさ、弱そうで、こいつなら文句も言えないだろうと、見られてしまうんだろうね。時々暗い夜道で襲われそうになったりもしたよ」
朔さんの話を聞いていると、胸が痛くなってくる。自分にも身に覚えのあることだった。
「でも……今は、全然弱そうに見えないです」
僕と違って。
「だからさ、強くなろうと思って、家の近くにある沖縄空手の道場に通い始めたんだ」
「……沖縄空手?」
朔さんは、「そう」と言って、言葉を続けた。
沖縄空手は、スポーツとしてではなく、武道という形で伝承されてきたもので、元々は、護身術として作られたと言われているらしい。
自分自身の忍耐力、精神力、基礎体力を身につけ、トラブルに見舞われた時に、打撃術や反射神経で自分の身を守るのに効果的なのだと言う。
「岬くんもやってみない?」
「……僕にも……できるかな」
自分で自分の身を守れるようになるのなら、やってみたい気もする。
「そりゃできるよ。女性や子供も護身のために始める人が多いしね」
「……朔さんみたいに、僕も身長伸びるかな……」
半分冗談、半分真面目に訊いてみたら、朔さんは一瞬言葉を詰まらせた。
「…………それは……保障できないな」
「なんだ。伸びないんだ」
本当はそんなことまで期待したわけじゃないけど……。少し唇を尖らせた僕を見て、朔さんが困ったような顔をする。
それがなんだか可笑しくて、僕は思わず噴き出してしまった。
ともだちにシェアしよう!