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かりそめ(29)

「……朔さんが?」 「うん」  僕と同じような弱い立場って、どういうことだろう。 「オレ、小さい時は身体弱かったし、高校一年の頃は身長も160なくて、ガリガリだったんだよ。絵ばっかり描いてて、スポーツは何もしてなかったしね」 「え……?」  今の朔さんの身長は、185cmは超えてると思う。肩幅も広く、半袖のシャツから伸びている長い腕には、しっかりと男らしい筋肉がついている。そんな朔さんがガリガリだったなんて想像もつかなかった。 「よく女の子に間違えられて、悩んだ時期もあったよ」  そう言って、朔さんは笑ったけれど、僕は笑えなかった。それは僕も同じだったから。 「でも学生服を着てたら男だと分かるはずなのに、通学の満員電車で触ってくるのは男なんだよね」  僕は思わず、朔さんに目を合わせた。  朔さんは、小さく笑いを零し、「岬くんと同じだろ?」と言った。 「きっとさ、弱そうで、こいつなら文句も言えないだろうと、見られてしまうんだろうね。時々暗い夜道で襲われそうになったりもしたよ」  朔さんの話を聞いていると、胸が痛くなってくる。自分にも身に覚えのあることだった。 「でも……今は、全然弱そうに見えないです」  僕と違って。 「だからさ、強くなろうと思って、家の近くにある沖縄空手の道場に通い始めたんだ」 「……沖縄空手?」  朔さんは、「そう」と言って、言葉を続けた。  沖縄空手は、スポーツとしてではなく、武道という形で伝承されてきたもので、元々は、護身術として作られたと言われているらしい。  自分自身の忍耐力、精神力、基礎体力を身につけ、トラブルに見舞われた時に、打撃術や反射神経で自分の身を守るのに効果的なのだと言う。 「岬くんもやってみない?」 「……僕にも……できるかな」  自分で自分の身を守れるようになるのなら、やってみたい気もする。 「そりゃできるよ。女性や子供も護身のために始める人が多いしね」 「……朔さんみたいに、僕も身長伸びるかな……」  半分冗談、半分真面目に訊いてみたら、朔さんは一瞬言葉を詰まらせた。 「…………それは……保障できないな」 「なんだ。伸びないんだ」  本当はそんなことまで期待したわけじゃないけど……。少し唇を尖らせた僕を見て、朔さんが困ったような顔をする。  それがなんだか可笑しくて、僕は思わず噴き出してしまった。

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