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かりそめ(30)
「ところで岬くん、免許は持ってる?」
「……持ってないです」と答えると、朔さんに「なんで取らないの?」と不思議そうに言われてしまった。
今までは、電車やバスもあるし、絶対必要なものでもないし、取ろうと思ったこともなかったんだ。
「車を運転できれば、満員電車に乗らなくても移動できるから便利だよ?」
(――ああ……そういうことか……)
でも朔さんの言う通りかもしれない。実家に帰るくらいなら、僕にもできそうだと思う。しかも教授の家からだと、電車に乗るよりも車の方が断然早く着く。
「……そうですね。考えてみます」
「うん、頑張って」
僕は、教授の個展の最終日の搬出作業で、朔さんが大きなバンを運転していたことを思い出していた。
あの時、朔さんを羨ましいと思ったんだ。
あんな風に運転できれば、大きなキャンバスも運べて便利だし、何よりも教授の役にも立てる。
でも、教習所に通うのも、車を買うのもお金が必要だ。
家を出て教授のところで生活するようになったけど、教授は僕から生活費を受け取ってはくれなかった。
でも食費くらいは出したいから、バイトをしなければということは、ずっと考えていた。
(先生は、僕がバイトをするって言ったら、どう言うかな……。まさか反対はしないと思うけど)
僕と朔さんは、暫く電車をやり過ごし、漸く少し混雑が緩和した電車に乗り込んだ。
「今日はすみませんでした、付き合わせてしまって。時間とか大丈夫でしたか?」
「いや、大丈夫だよ。ブラブラ買い物でもしようかなって、思ってただけだから」
乗り換えの駅で僕だけ降りて、朔さんはそのまま電車に乗って行った。
別れ際に『沖縄空手のこと、詳細はまた連絡するね』と言ってくれていた。
本当に習いにいくかはまだ分からないけれど、興味はあるので見学には行ってみようと思う。
「遅くなってしまったな……」
実家の最寄り駅に着くと、時刻はもう午後五時になろうとしていた。
(――さすがにもう起きてるよね……)
カズヤさんのことだから、分からないけど。
そう思いながら思わず口元を緩ませて、僕は家までの道を少しペースを上げて歩いていく。
西に傾いた太陽が、海をキラキラと熱く照らしていた。
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