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かりそめ(32)
野菜や肉、魚、卵など、大量に買い込んだものを、宅間さんは手際よく冷蔵庫の中に入れていく。調味料やコーヒー豆のストックも、迷うことなく所定の場所に片付けていく。
もしかして……と、ふと思う。
「部屋の掃除も、宅間さんがしてくれたんですか?」
問いかけると、宅間さんは手を止めて、僕の方へ振り返り頭を下げた。
「出過ぎた真似をいたしまして、申し訳ありません」
「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないです。謝らないでください」
家でのカズヤさんは、あまりにもだらしないから、きっと見るに見かねたんだろう。そう思った。
「休みの日まで面倒をかけてしまって……謝らないといけないのはこちらの方です」
「……いえ……私は……掃除や洗濯は好きでやっていますので……」
少し顔を赤らめながら、何故か言いにくそうに段々小さくなっていく宅間さんの声に被さるように、後ろから欠伸混じりのカズヤさんの声が聞こえてきた。
「……ふあぁ……あれ? 伊織帰ってたの?」
振り返った瞬間、暖かい腕にぎゅっと閉じ込められる。
「おかえり」
「カズヤさん……ただいま……って、ちょっ、離して」
他人の見ている前では、ちょっと恥ずかしい。
カズヤさんの肩を両手で押しやって身体を離したのに、「久しぶりの親子の再会なんだからいいでしょ? 何恥ずかしがってるの」と甘ったるい声が返ってきて、また抱きしめられてしまった。
カズヤさんからは、ほんの少しお酒の匂いがする。
「もしかして二日酔い?」
「ああ……ごめん、分かっちゃった? 昨夜ね、宅間とね。ちょっと飲みすぎちゃって……」
「ふーん。それで今日はパジャマのままでダラダラしてたんだ。宅間さんに買い物行かせて」
視線を巡らせると、いつの間にか僕たちから離れ、買い物の片づけの続きをする宅間さんの大きな背中が見えた。
「二日酔いなら、夕食は僕が作ろうか?」
いつもはカズヤさんがつくるけど、今日のこの人は、なんだかフニャフニャしてるから。
いったいどれだけ飲んだら、こんな風になっちゃうんだろう。でも、楽しい酒だったのだろうことはカズヤさんを見ていたら分かる。
「うーん、そうだねぇ。でもせっかく伊織が帰ってきたから、今夜はどこかに食べに行こうか? 三人で」
カズヤさんはこの上なく幸せそうな表情を浮かべながら、そう提案してきた。
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