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かりそめ(34)
家の前まで送ってくれた宅間さんは、エンジンをかけたまま一旦運転席から降りてきた。
「では、私はこれで失礼します」
「なんだ……帰るんですか? 僕に遠慮しないで泊まればいいのに」
なんとなく、自然にそう思ったから言ったんだけど、目の前の二人は揃って顔を真っ赤にした。
そして、一拍置いて二人同時に声をあげる。
「え?」
「え?」
(――ホント……息もピッタリじゃない……)
「な……、さっきから何言ってんの伊織は」
だけど、慌てるカズヤさんとは対照的に、宅間さんはすぐに落ち着きを取り戻した。
「今夜は親子水入らずで、ゆっくりとお過ごしください。久しぶりだし、話したいこともたくさんあるでしょう?」
カズヤさんより年下のはずなのに、宅間さんの方が余裕があって大人っぽく見えた瞬間だった。
「それでは社長……、明日は17時にお迎えに参ります」
「……分かった。今日はお疲れ様」
赤く頬を染めたカズヤさんに、宅間さんはさり気なくそっと目配せをして車に乗り込んだ。
そういう仕草のひとつひとつに、“二人だけの世界”みたいなものを感じる。
宅間さんの車が角を曲がり、見えなくなるまで見送っていたカズヤさんの背中に、僕は思わずお節介な言葉を投げた。
「会社では、もっと気を付けた方がいいよ」
慌てて振り向いたカズヤさんの表情が、自分の父親なのになんだか可愛いと思ってしまって、つい口元が弛むのを隠すことができない。
「な、なにが?」
「いつから付き合ってるの?」
「……いや……それはまだ……」
「え? まだなの?」
てっきりもう恋人同士だと思ったんだけど。
「……まだ……はっきりとは……」
「ふぅん……」
俯き気味だったカズヤさんが、はっと顔を上げた。
「いや、何を言ってるんだぼくは……違う、違うからね、伊織」
(――別に隠さなくてもいいのに……)
笑いをこらえながら家に入ろうと足を進める僕に、カズヤさんが後ろから声をかけてきた。
「伊織、ちょっと散歩しないか?」
「うん?」
振り返ると、カズヤさんは少し照れたような表情で微笑んでいた。
「酔い覚ましに、久しぶりに海岸通りを歩かない?」
僕も微笑みを返した。
「酔ってるのはカズヤさんだけでしょ?」
そう言って、先に僕が海岸通りの方向へ足を向けると、カズヤさんが追いついてきて肩を並べる。
柔らかな潮風が吹いてくる方角へ、二人してゆっくりと歩いていく。まだ蒸し暑さが残る夏の夜の空気が、少しだけアルコールで火照った肌には心地良く感じた。
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