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かりそめ(35)

 “海岸通り”というのは、ビーチ沿いの遊歩道のこと。  途切れ途切れに並んでいる期間限定の様々な店は、遅い時間になっても営業しているところが多く、遊歩道に設置されているフッドライトが、ビーチを淡く浮かび上がらせていて、この辺一帯は光が満ちて明るかった。  駅の階段を下りてすぐ目の前ということもあって、ファストフードの店などは、遅い時間になっても客の入りが良い。  ビーチの方は、今は夏休み中ということもあって、昼間は海水浴客で賑わっているけれど、夜の九時を過ぎたこの時間は人影もまばら。それでも、波打ち際で花火を楽しむ若者のグループや、仲良さそうに肩を寄せ合い、砂浜に座っているカップル達を、ちらほらと見かける。  そんなビーチの様子を横眼で眺めながら、僕達はゆっくりと遊歩道を歩いた。時々雑貨屋などを覗いたりもして。 「あ、伊織、ソフトクリームだって。食べようよ」  ソフトクリームの屋台を見つけ、カズヤさんが嬉しそうにはしゃぐ。 「カズヤさん、子供みたい」  そう言って揶揄ったけど、実は僕も食べたいと思ったところだった。  二人して同じバニラのソフトクリームを買って、ビーチに面したベンチに腰を下ろした。 「そう言えば、明日夕方から仕事なの?」  さっき、宅間さんが17時に迎えに来ると言っていたのを思い出した。 「ああ……。明日、取引先との会食があって……」  休みなのに行きたくないと、ぼやきながら、カズヤさんはソフトクリームをてっぺんから齧るように口に含む。 「そうなんだ」 「せっかく伊織が帰ってるのに……ごめんね」 「いいよ、別に。気にしないで」  じゃあ、明日の夕飯は一人か……と思いながら、僕はソフトクリームを舌で掬うようにしてペロリと舐めた。  クリームは口の中に入ると、舌の上で甘さが柔らかくほどける。  冷たくて、気持ち良くて、美味しくて、思わず口元が綻んだ。 「伊織は、いつ向こうに帰るの?」 「うーん、明後日かな」  教授が明後日には帰ると言ってたから……。僕もそれに合わせたい。 「そっか……。じゃあやっぱり明日、一緒に夕飯を食べれないのは残念だなぁ」 「またすぐに帰ってくるから」 「うん、待ってるからね」  それから暫くは、お互い何も言わずにビーチを眺めながらソフトクリームを食べていた。  楽しそうな笑い声や話し声が、波の音と共に時々風に乗ってこちらまで聞こえてくる。  夜空には少し薄い雲がかかっているけれど、ここの海は穏やかだ。――あの岬はどうだろうと、ふと思う。  北陸の海は荒々しい印象がある。あの岬の絵の季節は初春だったけれど、夏の海はどんなだろう。  遠い海の景色を想像しながら、僕は教授がくれた言葉を思い出していた。  ――『来年は、伊織に似合う浴衣の生地を染めよう』  その浴衣を着て、来年は先生と花火大会に行ってみたい……。

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