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かりそめ(37)

 小さく息をひとつ吐き、手の中の小さく折りたたんだアイスコーンスリーブに視線を落とした。 「……いつから……知ってたの?」  カズヤさんは知っていた――僕の本当の気持ちを。  でもそのことを、カズヤさんがどう思っているのかは、まだ分からない。  僕はこの先もずっと、何があっても気持ちは変わらない。もしも教授から、やっぱり僕とは一緒に居られないと別れを告げられたとしても……。たとえこの先に、絶望の朝が訪れたとしても……。  カズヤさんは父親として、それをどう受け止めるだろうか。    男同士の未来は、単純に言えば男女の未来とは違う。交際は許しても、一生となると話が変わってくる。  応援してくれるのか、それとも咎められるのか。僕はカズヤさんの真意を測り兼ねていた。 「いつからって……、そうだな……。前にも言っただろう? 伊織が教授の家でお世話になりたいと話してくれた時に」  ――『いつかね……そう言われるような気がしてたんだ。雨宮教授がテレビの番組に出演していたのを見かけた時から……』  あの時そう言われたことを思い出して、僕は驚いてカズヤさんを見上げた。 「え……?」 (――あれって、そういう意味だったのか)  ただ単に、僕が絵の勉強の為に家を出ていく事を言ってるんだと思っていた。 「じゃあ、その時から分かってたの?」  カズヤさんは、口角を上げる。 「その時は、そうなるかもしれないと、思っただけだけどね」 「……でも……なんでテレビで先生を見たからって……」  それだけで僕の気持ちが分かるわけない。 「だって……似てるじゃないか、鈴宮さんに」  ――あ……。  応えようとした言葉は声に出せずに、呑み込んでしまった。どう言えばいいのか分からなくて。 「その時に、伊織が美大を、それも雨宮教授のいるあの大学を選んだ理由が分かった気がしてね」  確かにカズヤさんの言う通りだった。  幻想的なシーンと写実的な背景を融合させた作品が話題を呼び、雑誌に紹介されている教授を見た時の胸の高鳴りを忘れられなかった。  先生の創り出す作品の世界観にさえ、僕は恋をした。  最初は、1頁目に載っていた作品に惹き寄せられて、次の頁を捲り、目に飛び込んできた教授の姿に目が離せなくなって、僕は本屋で立ち尽くし、時間を忘れてその頁を見入っていた。  それは、僕を17歳まで育ててくれた鈴宮の父に、教授が驚くほど似ていたからだ。

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