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かりそめ(39)
真っ直ぐに見つめてくる真剣な眼差しを、僕も見つめ返した。
僕の答えも、あの時カズヤさんが言ってくれたことと同じだよ。
――『伊織は、僕と沙織のかけがえのない宝物です。沙織への愛と伊織への愛は違います。どちらも代わりなどありはしない』
きっと、カズヤさんはそのことを分かっていて、それでも敢えて僕の口から聞こうとしている。
「鈴宮の父は、今も僕にとって大切な父親だよ」
――――桜並木の遊歩道を両親と手を繋いで散歩したあの頃。
夏祭りの時は、あまりにも人が多すぎて、大人の腰までも身長がない小さな僕は、人の波に揉まれて息苦しくて。そんな時は、父さんが肩車をしてくれた。
夜中に高熱を出した僕を大きな背中に負ぶって、大通りまでしか来てくれない救急車まで走ってくれた。
僕の頭を撫でてくれる、優しくて大きな手。
僕の好きなあの階段から見える景色も、最初に教えてくれたのは父さんだった。
僕は……小さい頃から、父さんが大好きだった。
――そう……父さんは離れていても、今でも僕の父親。僕が生まれた時から……そしてこれからもずっと、それは変わらない。
カズヤさんの瞳が微かに揺れる。でも、次の言葉を促すように、何も言わずに静かに頷いた。
「確かに教授は、鈴宮の父に似てる……。最初はそれがきっかけだったかもしれない。でも……」
「でも?」
「鈴宮の父を想う気持ちと教授を想う気持ちは、まったく別のもので、二人とも僕にとって、かけがえのない大切な人だと思ってる。どちらも代わりなんてないよ」
カズヤさんが目元を緩ませて、いつもの温和な笑みを浮かべた。
「伊織は、きっとそう言ってくれると信じてたよ」
そう言った後に、また真剣な眼差しを向けてきて「じゃあ、最初の質問に戻るね」と、言葉を続けた。
「教授も同じ気持ちでいてくれてるのかい?」
それは、教授と僕の想いが通じ合っているのかどうかということ。
――『俺は今、君を愛してるんだよ、伊織』
そう言ってくれたのは、つい最近のこと。
隣町で花火大会のあったあの夜。
お互いの気持ちが、漸く重なり合ったあの夜。
その瞬間を思い出すと、身体中に優しく柔らかな幸福感が満ちてくる。
勝手に頬が熱くなるのを感じながら、僕はカズヤさんに視線を合わせて「うん」と、頷いた。
「そうか……ぞうなんだね。良かった」
カズヤさんはそう言うと、どこか安心したように破顔した。
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