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かりそめ(42)
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いささか寝坊した翌日の朝、僕はカズヤさんが脱ぎ散らかした服を拾いながらリビングの窓を開けた。
夏の日差しは朝から容赦なく照り付けるけれど、お盆の時期になると太陽の位置が随分低くなってきていることに気付く。
軽く掃除機をかけ終わると、洗濯物が洗いあがったメロディーに呼ばれる。
今日みたいにカラッと晴れた日は、乾燥機よりも外に干した方が早く乾くだろう。洗濯なんてカズヤさんと暮らし始めてから自分でするようになったけど、やっぱり外に干す方が気持ちいい。取り込んだ時に、洗濯物からふわりと漂う太陽の匂いが好きだから。
(――太陽の匂いって何だろう?)
そんなことを考えながら洗濯物を干して、ちょっと休憩をしようと珈琲を淹れる。
カズヤさんは、まだ起きてこない。
(――何時頃に起きるかな……)
昨夜は、あれから家に帰って交代で入浴を済ませて、カズヤさんは一人でワインを飲んでいた。僕も最初は付き合っていたんだけど、疲れていたのかソファーでうとうとし始めてしまったから、先に休ませてもらった……。
(――宅間さんが迎えに来るのは、17時と言っていたからお昼頃に起こせばいいか……)
昨日、カズヤさんは違うと言ってたけど、宅間さんとは絶対何かあったんだと思う。
二人は傍から見ていても分かるくらいに、いい雰囲気だった。
ただ、カズヤさんが、まだ少し戸惑っているだけで、気持ちはもう宅間さんに向いているんじゃないだろうか……。
その時、突然ヒュッと強い風が窓から部屋を抜けていき、腰窓のレースのカーテンがふわりと大きく膨れ上がった。
「あ……危ない」
窓辺のチェストに置かれている花瓶にカーテンの裾が当たりそうで、慌てて駆け寄った。
窓を閉めて、カーテンをタッセルで束ねて、ホッと息をつく。
花瓶には、純白のカサブランカが生けられていた。
母さんが好きな花だと、いつだったかカズヤさんが言っていた。
カサブランカの隣には、いつもと変わらず、美しく微笑む母さんの写真が飾られている。
「……母さん。カズヤさんに恋人ができても、怒らないよね?」
カズヤさんのことを想って別れた母さんだから、きっと誰よりもカズヤさんの幸せを願ってる筈だ。
「僕もね……、父さんもカズヤさんも、二人とも大好きだよ」
どちらも大切な家族。
どちらも大好きな父親。
二人とも幸せになって欲しい。
――『ありがとう、お父さん』
昨夜、初めて口にした言葉を思い出して、顔が熱くなる。
――『そうね……。二人とも幸せになって欲しい。私もそう願ってるわ』
写真の中の母さんが、微笑みながらそう言ってるような気がした。
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