101 / 138
かりそめ(43)
時計が12時を過ぎて、そろそろ起こそうかと思った頃、カズヤさんはパジャマ姿で二階から下りてきた。
「おはよう、伊織……」
欠伸混じりの声で伸びをしながら、キッチンにいる僕に声をかけてくる。
「おはようって……もうお昼だよ」
呆れたようにそう返したけれど、休みの日のカズヤさんとのやり取りは、いつもこんな感じで始まる。
「お昼ご飯、もしかしたら食欲ないかなと思って、素麺にしたんだけど食べる?」
夕方からは会食があると言ってたから、お昼は軽いメニューにした方がいいだろう。
「うん。暑い時は素麺に限るね」
そう言いながら、カズヤさんは掃き出し窓の向こうへ視線を巡らせた。
「あ、暑い? エアコン点けようか」
「うん……そうだね。ちょっと暑いかな」
12時を過ぎると、さすがに気温が高くなってくる。朝干した洗濯物も一時間もすればすっかり乾いていた。
ここは海が近いからか、日差しも強く、晴れの日はすぐに乾く。だけど長い時間、外に干しっぱなしにするのは禁物だ。風の向きによっては潮風で洗濯物にジメジメ感が残ってしまう時があるから。
窓を閉めて、エアコンの電源をオンにする。あまり冷えすぎないように温度調整をしておいた。
「さっぱりしてて美味しいね」
茹でた素麺に大根のすりおろし、大葉の千切り、種を取り細かくたたいた梅干し、生姜のすりおろし、白ゴマなどをのせて、めんつゆをかけただけのお手軽メニューだけど、香味野菜は唾液や胃液の分泌を活発にしてくれて、暑くて食欲のない時でもつるつる食べれる。
そして、レモンをたっぷりと絞った定番のから揚げ。
起きたばかりだったけれど、カズヤさんは「久しぶりに伊織が作ってくれて、一緒に食べれる食事はやっぱり美味しいね」と言いながら、素麺もから揚げも美味しそうに食べてくれた。
食後に珈琲を淹れて、久しぶりに二人でゆっくりとした時間を過ごす。
僕は、ポストに届いていた郵便物に目を通していた。
「あ……」
シンプルな薄い緑の封筒に目が留まる。時々送られてくるいつもの封筒だ。
「……タキさんから?」
新聞に目を通していたカズヤさんが、顔を上げた。
「うん……」
タキさんは、僕が生まれる前からずっと鈴宮の父の仕事のマネージメントを含む、助手をしていた人で、再婚相手。
僕はその場で封を切った。
封筒と同じ薄い緑色の便箋には、タキさんの書いた優しい文字が、鈴宮の父の近況を知らせてくれていた。
内容は、いつもとそれ程変わらない。
ともだちにシェアしよう!