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かりそめ(46)
電話をかけてみようか……。それともメッセージを送ろうか。
教授の連絡先を表示してみたけれど、そんな簡単なことで迷ってしまう。
そのどちらもが、ただの帰省じゃないということを分かっているから余計にできなかった。
教授は、潤さんに逢いに行ってるのだから。
灯台のある岬。険しい傾斜地形の崖の向こうに広がる蒼の海。
そこに眠っている魂に逢いに行っているのだから。
あの岬の崖に立ち、過去のその瞬間に向き合おうとしているのだから。
久しぶりに帰った実家には、たくさんの記憶が残っているだろう。
きっと今、教授の周りには、僕には踏み込めない空気が流れてる。だから邪魔をしたくない。
――――だけど声が聞きたい。
カズヤさんと宅間さんみたいに言葉のやり取りをしたい。会話の内容は何でもいいから、教授と話したい。
メッセージじゃなくて、耳であの柔らかな声を感じたい。
伸ばした人差し指が、教授の番号の上で彷徨ったその時、突然手の中のスマホが震えた。
「――え?」
連絡先の画面から切り替わった表示に、思わず座っていたソファーから、弾けるように立ち上がる。
画面に表示されたのは受話器のマークと、“雨宮 侑”の文字。
驚きのあまりに一瞬固まってしまった指を慌てて動かして、横にスライドさせた。
「もしもし!」
勢いよく出した声が上擦ってしまう。
『伊織?』
一拍置いて、教授の声が耳に届いた。
「……先生……」
嬉しくて、胸が熱くなる。どうしてか泣きそうになってしまう。
その時、後ろで気配がして振り向くと、洗面所から戻ってきたカズヤさんと宅間さんがリビングに入ってきていた。
カズヤさんは電話している僕に視線を向けながら、宅間さんと二人でそのまま二階へと上がっていく。僕は、スマホを耳に当てたまま、その様子を目で追っていた。
『伊織……今、どこにいる?』
ちょうど二人の姿が見えなくなったところで、教授の声が聞こえてくる。
「え……あ……、今、岬の家、です」
なぜだか気持ちが焦って、上手く喋れない。ドキドキと鳴る心臓の鼓動がやけに大きくて、スマホを持つ手も震えていた。
『そうか……』
「あ、あの……、そっちのお天気はどうですか?」
話したいことはいっぱいあるのに、そんなありふれた言葉しか出てこない。
『……いい……、天気だよ……』
教授から返ってくる声も、どこかぎこちない気がする。
「先生は……今、ご実家ですか?」
昨日の昼頃には向こうに着いて、一番最初に行ったのは、あの岬だろう。
実家に泊まって、家の空気を入れ替えて掃除をすると言っていたから、今はたぶん実家にいるのだと思った。
でも返ってきた言葉に、僕の心臓はより激しく鼓動を打ち始める。
『いや……実は夜中に向こうを出て……今朝早くに帰ってきたんだ』
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