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かりそめ(50)
まさかこんな所で、カズヤさんと宅間さんのキスシーンを見ることになるとは……。
予想もしていなかったから一瞬驚きを隠せなかったけれど、二人の様子を昨日から見ていた僕には、この展開はごく自然な事のように思えた。
「やっぱり、付き合ってたんだね」
無意識に、つい口元が綻んでしまう。父親の恋人とのこんなシーンを見せつけられても、感じるのは嬉しいという気持ちだけだった。
高校生の頃、鈴宮の父とタキさんの仲を知ってしまったあの時とは全然違う気持ちだ。もちろん、あの時とは状況も違ったけれど。
僕の目の前に立ったカズヤさんは、更に顔を真っ赤にしてる。口から出てくる言葉もしどろもどろで、もはや言葉になってない。
「あ……いや、その……あれだ……」
「別に、隠さなくてもいいじゃない」
カズヤさんは独身だし、何も悪いことをしてるわけでもない。
「いや……、昨日の時点では、本当にまだ、そういうのじゃなくて……その……今、返事をした……というか……」
口ごもりながらも、カズヤさんは必死に説明……と言うか言い訳をする。
宅間さんの方から告白されたのは、つい最近のことで、返事は急がないから考えて欲しいと言われたらしい。それで、カズヤさんがOKの返事をしたのが、たった今。そこの階段で。
「――返事の代わりにキスしたの?」
言葉にするのが恥ずかしくて、いきなりキスをしたらしい。後ろからネクタイを引っ張って?
さっきの階段のシーンに至るまでの話の筋が見えてくると笑いが込み上げてきて、思わず吹き出してしまった。
「だって、なんて言っていいのか分からなかったから……」
そう言いながら、カズヤさんは腕時計に視線を落とす。
「そろそろ行くよ。遅くなるかもしれないから先に寝てて。詳しい話はまた明日にでも……」
今のでだいたい分かったし、父親の恋人との惚気話は、そんなに詳しく聞かなくてもいいけど。
「あ、待って。僕、もう今から雨宮先生の所に戻るんだ」
廊下で待っていてくれた教授の手を引くと、彼は少しばつの悪そうな表情を浮かべながらカズヤさんの前に姿を見せた。
「え?」
驚きの声をあげるカズヤさんは、これ以上ないくらいに赤面して、耳まで真っ赤になった。
「まさか……全部見てました?」
教授は、「いえ……」と首を横に振り、それから言葉を続けた。
「……突然お邪魔して申し訳ありません。雨宮侑と申します」
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