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かりそめ(52)
カズヤさんは安心したように頷くと、抑えきれないといった風に満面の笑みを溢れさせた。
「それなら、何も言うことはないんです。ぼくのことは気にしなくていいから、どうかこれからは二人の時間を一番に大切にしてください」
そうして、カズヤさんは教授に握手を求める。
「“二人で一緒に幸せになる”という気持ちを、どうかずっと忘れないでほしい」
「はい」
教授の手を両手で握りながら、カズヤさんの瞳が薄っすらと潤んでる。それに気付くと、胸に熱いものが込み上げてきて、僕はカズヤさんよりも先に、幸せの涙を零してしまっていた。
先に家を出るカズヤさんを家の前に停めた役員車まで見送ると、「ああ、言い忘れてた」と、思い出したようにカズヤさんが振り向く。
「時々は、おじさんの話し相手をしに遊びにきてくれたら嬉しいよ」
(――そんなの、当たり前じゃない)
僕を引き取った時の約束だからとか、そんなのじゃなくて。カズヤさんは今までも、これからも僕の父親なんだから。
「ありがとう、“お父さん”。またすぐに会いにくるよ。ぞの時は宅間さんとのこと、全部話してね」
車に乗り込む後ろ姿に声をかけると、振り向いたカズヤさんの目から今度こそ涙が溢れた。
泣き笑いのような表情で片手を上げて、後部座席に乗り込んだカズヤさんの後に宅間さんが続き、運転手がドアを閉める。
そうして漸く動き出した車が角を曲がって見えなくなるまで、教授としっかりと手を繋ぎ見送った。
「素敵なお父さんだね」
「うん」
カズヤさんも、これからは宅間さんと二人で幸せになって欲しい。
「……でも、お父さんが俺と伊織の関係を最初から分かってくれてたみたいだったから、こちらも話しやすかったな」
(――ああ、それは……)
「昨日、僕が父に話してあったから……」
「そうだったんだ」
それだけじゃなかったけど。
教授と鈴宮の父が似ていることを、カズヤさんは心配していた。僕が二人を重ねて見ているんじゃないかって。
――でもきっと……。
「僕の話だけじゃなくて、今日実際に先生に会って話ができたから、きっと安心してくれたんだと思います」
僕と教授の、それぞれの気持ちを聞けて安心したんだと思う。
「そうか……」
「先生」
隣を見上げると、まだ高度を保った夏の西日が眩しくて、僕は目を眇めた。
「ん?」と、短い返事をしながら、教授はさり気なく身体を移動して日の光を遮ってくれる。
「二人で一緒に幸せになろうね」
僕のいつもより少し砕けた口調に、教授が口元を綻ばせて、「ああ」と応える。
「世界で一番幸せになろう」
視線を合わせて距離を縮めて、繋いだ手を握り直して、教授が言葉を続けた。
「帰ろうか。俺たちの家に」
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