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かりそめ(59)
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朝食を食卓に並べて、壁にかかった時計を見上げる。
「……そろそろ先生を起こさないと」
今日は、教授は午後から大学に行く予定だけど、朝食は一緒に食べるから起こしてくれと昨夜言っていた。
台所から廊下に出て、南側にある居間へと向かう。
居間に入ると直ぐに目につくのは、あの岬の風景の油絵。
そこを通り過ぎ、居間と襖を隔てた四畳半の続き間に置かれた小さな仏壇の前で足を止める。
教授が『略式だけど……』と言っていたそれは、ミニ仏壇とか卓上仏壇とも言われているらしく、とてもコンパクトな設計だ。
焦げ茶色の木目が美しい落ち着いたデザインは、ウィスキーオークのローチェストの上でノスタルジックな雰囲気を漂わせている。
その前に座り手を合わせると、不思議と心が落ち着く。
小さな仏壇には、二枚の写真が飾ってある。
一枚は、高校の制服を着た潤さん。そしてもう一枚は、僕が小学校の時に亡くなった母の写真。
手元に残っていた、たった一枚の写真をコピーしたものだ。
『伊織のお母さんは、俺にとっても家族だから』
と、教授はそう言って、ここに置かせてくれた。
「母さん、僕、沖縄空手を始めたんだよ」
今日も、大学のアトリエに行く前に道場に寄る予定にしている。
「それから、週二回だけだけど、バイトも始めたんだ」
教授には、バイトをするよりも、先にやるべきことがあるんじゃないかと言われたけれど、僕の絵が売れるようになるのには、まだまだ時間がかかる。
教授は沖縄空手を習うくらいのお金は出すと言ってくれたけど、それは自分が納得することができなかった。
カズヤさんに借りることも考えたけれど、やっぱりそれも違うと思った。
結局、教授の知り合いが経営している小さなカフェで、週二回だけなら、という条件付きでやってみることになった。
どうやら教授は、僕が目の届かないところでバイトすること自体が心配だったらしい。
僕のことに関しては過保護になってしまう教授の意外な一面を知って、なんだかちょっと嬉しかったりした。
「僕は、今とても幸せだよ、母さん」
写真の中で微笑んでいる母さんの、『本当に良かったね。伊織』と言ってくれる声が聞こえたような気がした。
それから、その隣の写真に視線を移す。
「潤さん、庭の紅葉が綺麗に色づいてきましたよ」
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