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かりそめ(62)
「兄さん、起きて」
互いの唇が触れ合う距離で甘く囁くと、教授は目を閉じたまま、ふっと微かな息を吐き、口角に微笑みを浮かべた。
次の瞬間、伸ばされた手に後頭部を捕らえられ、力強く引き寄せられて唇を奪われる。
「……っ、ん……ふ……」
途端に熱い舌が咥内に挿しこまれた。不意をつかれた僕の舌は簡単に絡めとられて、小さな喘ぎが鼻から抜けるように漏れる。
片手で後頭部を押さえられ、もう片方の手が背中に回り、背筋を撫で下りて腰をなぞる。
起き抜けなのに始めから濃厚なキスに煽られて体内の熱が急激に上昇し、全身から力が抜けてしまう。
いつも起きてすぐは、暫くぼんやりしてるくせに……。
(――もしかして、まだ潤さんと間違えてる?)
だけど、薄く目を開けると、熱に蕩けたような黒い瞳と視線が交じる。
今、教授が見つめているのは、潤さんなのか僕なのか、自信がなくなってくる。
熱に侵食されていく頭で、ぼんやりとそんなことを考えていると、唇を合わせたまま突然身体を反転させられた。
教授の温もりの残るシーツに組み敷かれ、口づけは更に深くなり、咥内で熱が混じり合う。
口端から唾液が零れ、顎を濡らし首筋まで伝い落ちていくのを、教授の熱い舌が追いかけるようにして辿る。
「――ぁっ……」
突然、首筋をきつく吸い上げられて、鋭い痺れに思わず声を上げた。
「あ、っ……まっ」
首元に顔を埋めている教授の肩を押しやる腕は、快感に溺れているせいであまりにも弱々しく、全く効果はなかった。
ちゅうっと、吸い上げる音が生々しく響く。
「やだ……先生。痕を付けないで……」
今日は、沖縄空手の練習に行く予定にしている。道着を着たら、そこは目立ってしまう。
「……もう遅い」
顔を上げた教授が、そう言って口角を上げながら、所有の証が付いただろうそこを指で撫でる。
「もう……いじわる」
教授は短く笑うと、僕の尖らせた唇に啄むようなキスをする。
「お仕置きだよ。また潤の真似をしたから」
返ってきた言葉に、ムッとして更に唇を尖らせた。
「先生の方が先に、僕を潤さんと間違えたんだよ!」
――え? っと驚いたように、教授は目を瞠った。
それから「ああ……そうか」と、納得したように呟いて、苦笑を零す。
「さっき起こしてくれる時、肩を叩いたり揺すったりした?」
「……え? はい。なかなか起きてくれないから……」
僕が答えると、教授は「……ごめん」と項垂れてしまう。
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