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かりそめ(63)*

 ――子供の頃の夢を見たんだよ。と、教授は呟くように言って、小さくひとつ息を吐く。 「潤が小学生で、俺は……中学一年くらいかな……」  昔から朝は弱かったと苦笑しながらも、教授はどこか懐かしそうに目を細めた。  ――その頃は、まだ母に愛人の影はなくて、父は偶にしか帰ってこなかったけれど、それでも普通に幸せな家族だった。  朝早くに仕事に出掛ける母の代わりに、弟は毎日トーストと目玉焼きをつくり、兄を起こすのが自分の役目だと思っていたらしい。  いつもなかなか起きないから、布団の上から馬乗りになった潤に肩を叩かれたり揺すられたりしてたんだと、教授は笑う。 「似てたんだよ、その起こし方が」  そこまで話して、教授はまた「ごめん」と謝った。 「僕……小学生の潤さんと間違えられたの?」  それって、なんだかちょっと納得いかない。  無意識にまた尖らせてしまった唇に、教授が笑いながらキスをする。 「でも潤は、あんな色っぽい起こし方はしてくれなかったな」 「……え? 色っぽい?」  首を傾げると、僕がさっき教授にしたのと同じように、上唇を柔らかく吸い上げられて、ちゅっと、リップ音が小さく鳴った。  それから唇を耳元に寄せ、低く甘く囁く。 「こんな風に、色っぽく俺を誘うのは伊織だけだろ?」  低いトーンの甘い声が、耳殻を擽り鼓膜を揺さぶった瞬間に舌が挿し込まれ、熱の籠った水音に包まれる。 「……あっ、あ……ん」  それだけで、下腹の奥で熱が疼き出す。  お互いの身体の間に挟まっている掛け布団の下で、僕の半身はじりじりと硬く主張をし始めていた。  布団一枚の厚さがもどかしく、僕が腰を浮かせると、教授はクスッと笑いを零しながら、身体の間に挟まっているものを引き抜いた。  障害物がなくなって、身体と身体をぴったりと合わせて唇を重ねる。 (――なんだか、うやむやにされた気がしないでもないけど……)  そんな考えが、ちらっと頭に過るけれど、身体の上に圧し掛かる恋人の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめると忘れてしまう。 「朝ごはん、せっかくつくってくれたのに冷めてしまうな……」  僕のシャツのボタンを外しながら、教授がキスの合間に話しかけてくる。 「……冷めても美味しいのしか、つくってないよ」  そう返すと、目の前の綺麗な輪郭の唇が、美しく弧を描いた。

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