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かりそめ(75)

 一月が過ぎる頃に開催されたグループ展には、高校の時の担任の藤野(ふじの)先生と、交友関係の少ない僕の唯一気の置けない友人、大谷慎矢(おおたに しんや)が来てくれた。  二人とは、高校を卒業してからも時々会っていたけれど、三人揃うのは久しぶりだった。 「伊織、なんかいいことあった?」  会ってすぐ、慎矢が開口一番にそんなことを言ってくる。 「……なんで?」 「なんか、表情がそんな感じ。なぁ? 先生」  慎矢に同意を求められて、藤野先生は「ああ……」とだけ言って、なんとなく意味ありげに微笑んだ。  それはたぶん、ちょっとした変化なんだろうけど。離れていて久しぶりに会うのに、黙っていてもこうやってすぐに気付かれてしまう。  だけど二人には、隠したり取り繕う必要もない。 「……好きな人ができたんだ……本当に心から好きな人。今、一緒に暮らしてる」  僕の言葉に、目の前の二人は同時に目を瞠らせた。そして次の瞬間には二人一緒に破顔する。 「そうか、良かったな」 「そっか、良かった」  口から出てきた言葉も、ほぼ同じにハモっていて、僕は思わず笑ってしまう。 「今度、改めてお祝いしよう。伊織の進学祝いと大谷の就職祝いも兼ねて」  嬉しそうにそう言った藤野先生を、慎矢が肘で小突く。 「あれ? 先生も、報告することあるでしょう?」 「……え? あ、ああ……」  少し顔を赤らめて、さり気なく頭を掻きながら、藤野先生は言葉を続けた。 「……秋に……結婚することになった……」  予想していなかった藤野先生の言葉に、今度は僕が驚く番だった。 「――えっ? そうなの?」  驚きと、そして……自分のことのように嬉しかった。 「先生、おめでとうございます」  *  ――少しずつ、少しずつ、誰もが前へ進んでいる。  二月の卒業制作展も無事に終わり、三月に入るとすぐに卒業式。季節は目まぐるしく過ぎていく。  広縁の掃き出し窓から、やわらかな陽射しが射し込み、草木が芽吹きはじめ、春を知らせる沈丁花が庭で揺れている。  僕の生まれ育った鈴宮のあの家が、買い手がついて、もうすぐ取り壊されて建て替えると、タキさんからの手紙で知ったのは、そんな穏やかな日のことだった。

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