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Aquarius(3)

 * 「遅くなったね。 何か食べに行こうか」 「え? いいんですか?」 「と言っても、君達が行きそうな小洒落た店は知らないけど……普通の居酒屋でいいかな」 「はい!」  教授と二人きりで食事に行けるなんて、もちろん初めての事だ。わざと提出の時間を遅らせたのも、もしかしたら……と、期待しなかった訳じゃないけど……。きっと今日はついてる日なんだ。  それに、さっき教授の制作途中の絵を見せてもらってから、ソワソワして足がが地に着かない。 (……岬)  心の中で繰り返して呟いてみると、自然に口元が緩んでしまう。 「ふふっ」 「ん? どうした?」  知らず知らずに漏らしてしまった笑い声に、さっき僕が提出した書類を見ていた教授が顔を上げた。 「あ、いえ! 何でもないんです。すみません」  思わず肩を竦める僕に、思い出し笑いかい? と、優しく微笑みかけてくれた。  二人で散々呑んだり食べたりした後のテーブルの上には、もう殆ど空いた皿やジョッキしか残っていない。今は、教授が最後にオーダーした冷酒を二人して呑んでいた。 「さっきの岬の絵なんですけど、行ったことのある場所なんですか?」  僕は、思い切って切り出した。  もしかして……教授も少しくらいは僕のことを気にしてくれているのかもしれない。偶々、僕の名字が『岬』だというだけでそんな事を考えてしまうなんて、おかしいけれど。  でも、確かに……いつの頃からだろう、気が付けば何処からか誰かの視線を感じて顔を上げれば、そこにはいつも教授がいた。  実習室で、図書館で、学食でも……。  偶然と言うには、あまりにも多過ぎる。そして必ずその漆黒の瞳と一瞬目が合うのに、教授は何もなかったように直ぐに視線を逸らしてしまう。だから少しくらい期待してもいいかも……なんて思っていた。 ――だけど……。 「あの絵の場所か……」  教授は心地好い温度に冷えた冷酒を一口飲み込んで、硝子の猪口をコトリとテーブルの上に置き、言葉を続けた。 「……俺の弟が死んだ場所なんだ」 「……え?」  当時高校生だった弟さんが、足を滑らせて海に落ちて亡くなった場所。  さっきまでの浮かれた期待感は消えて、代わりに重い沈黙が二人の間を流れる。 「……すみません、余計な事を訊いてしまいました」 「昔の事だよ……」  だから君が気にする事は何もないよ。と、教授は優しく微笑んだ。

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