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Aquarius(4)

 * 「岬くん大丈夫?」 「……大丈夫です」 「俺が付いていながら呑ませ過ぎちゃったかな」  居酒屋を出てから駅へ向かう細い路地で、僕はフラフラと頼り無く力を抜いて教授に寄り掛かる。わざと……、酔ったフリをして。  今夜みたいな機会はなかなか訪れない。だから少しくらいの嘘もきっと赦されるだろう。  そんな勝手な事を考えている僕は、教授が思ってるような真面目な学生なんかじゃないんだ。そもそも、この大学を選んだ動機からして不純過ぎるのだから。 「タクシーで君の家まで送るよ」 「そんな、悪いです。一人で帰れますから」  言いながら、僕はどさくさに紛れて教授に縋りつくようにして身を預けた。 (……油絵具の匂いがする)  それは教授の匂いそのもの。教授の肩に鼻先を埋めて、ずっとこの匂いに酔いしれていたいと願っていた。    タクシーの中で寝たフリをしていた僕を、教授は自分の家に連れて帰ってくれた。  少しの後ろめたさと、飛び上がりたい程の嬉しい気持ち。今の僕は嬉しい気持ちの方が勝っていて、少しの後ろめたさなど心の隅に追いやっていた。 「大丈夫?」  タクシーを降りると、教授は家の中まで僕の肩を抱き寄せて歩いてくれた。  教授の家は、一戸建ての木造家屋。  玄関で靴を脱いで、高めの段差の上り框を上がる時も、僕がふらつかないように支えてくれる。そんな教授の優しさに、胸の奥に追いやったはずの心疾しさが、じわじわと胸を締め付けた。  築何年くらいだろう、古そうな家屋の廊下は歩く度に床の軋む音がするけれど、手入れが行き届いていて上品な艶が出ている。  木の香りのする家。  柔らかい照明や、最小限に置かれたアンティークな家具が、落ち着いた空間を作っている。 「先生、家の人は?」 「ここには俺しか住んでないよ」  一人で住むには広すぎる家だと思った。 「アトリエ代りにも使っているしね」  僕が疑問に思ったのが伝わったのか、言葉にする前に教授はそう教えてくれた。 「今夜はこの部屋を使ってくれるかな」  何も置いていない八畳の部屋に、教授は僕の為に布団を敷いてくれた。  横になっていなさいと言われて、素直に 「はい」と応え、布団の上に寝転がると、古いけど美しい天然杢目の天井が見えた。  一旦部屋を出て行った教授が、水の入ったペットボトルを手に戻ってきて、心配そうに僕の顔を覗き込む。 「まだ少し火照ってるね」  冷たい指先が頬を撫でるのが気持ち良くて、僕はまた瞼を閉じる。 「岬くん?」 「雨宮先生」 「ん? なんだい?」 「お水、飲みたいです」 「お水ならここに。少し身体を起こせるかな?」  僕が起きやすいように、背中に手を回して支えてくれる。綺麗な顔が至近距離に近付いて、僕の心臓の音は教授に聞こえるんじゃないかと思う程に高鳴った。

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