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Aquarius(6)*

 胸を愛撫しながら圧し掛かってくる重みに、僕の身体はゆっくりと後ろに倒れ、背中が柔らかい布団に沈む。下へと下りていった手にズボンの上から熱くなった中心を撫でられて、大袈裟なくらいに腰が震えてしまう。    甘い吐息を漏らしながら、唇が勝手に動いて愛しい人の名を紡ぐ。 「あぁっ……雨宮……せんせ……」  だけど彼からは反応がなくて、その動きも完全に止まってしまった。 「先生?」  不思議に思って見上げれば、青褪めた顔で僕を見つめる漆黒の瞳と視線が絡む。 「……岬くん……」 「……はい」  小刻みに震えている教授の手に気が付いて、どうしたんだろうと不思議に思いながら返事をすれば、教授はふいっと僕から目を逸らしてしまう。 「……すまない」  その言葉に胸の奥がズキンと痛んだ。  どうして謝るんですか? 僕は、貴方になら何をされても良いと思っているのに。謝られてしまうことが一番辛い。  声に出せない言葉は、胸の奥で渦巻いて出口を求めて目頭を熱くする。泣いちゃ駄目だと自分に言い聞かせて、目を見開き、涙を零さないように堪えるくらいしか出来ずにいた。 「ここの廊下の突き当たりに風呂がある。さっき用意してきたから良かったら入りなさい」  言葉と共に、教授は僕の身体の上から退いてしまう。 「……先生」 (何処へ行くんですか)と、僕は言いたい言葉をまた飲み込んだ。 「俺は2階のアトリエで仕事をしているから、何かあったら下から声をかけてくれ」  それだけ言って、教授は部屋から出て行ってしまう。  ……トン、と音を立てて閉められた障子の向こうの影が、廊下を過ぎて部屋の隣にある階段を上って行くのが分かった。 「……っ」  俯いて瞼を閉じれば大粒の涙がボタボタと落ちて布団を濡らしてしまう。だけど泣くのを我慢することは、もう出来なかった。  涙と共に漏れてしまう泣き声を、いつの間にか本降りになった雨音が、激しく庭の砂利を打ち付けて消してくれていた。  *  一頻り泣いて、気持ちを落ち着かせる為に風呂場へ向かった。  湯船に浸かって身体が温まると、少しだけ気持ちが落ち着く。鼻先まで湯に浸かり、先ほどの事を思い返していた。  後先を考えずに行動してしまったのは僕の方だ。先生に謝らなければならないのは、僕の方なのに。 ――『……すまない』  僕から目を逸らして辛そうに謝る先生の顔が、立ち込める湯気の中に浮かんで消えた。  風呂から上がり、脱衣所で用意してくれてあったパジャマを着る。 「サイズが……、ピッタリだ……」  教授のものじゃないと分かるサイズに、さっき居酒屋で聞いた先生の弟さんの話を思い出した。 ――『弟が死んだ場所だよ』  教授はこの家で弟さんと二人で住んでいたんだろうか。大学に入ってから、ずっと教授のことを見てきたけれど、何一つ僕は彼の私生活について知らない。  濡れた髪をタオルで拭きながら、部屋までの廊下をなるべく音を立てないように静かに歩く。 それでも時々軋む音が、静かな家の中に響いた。

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