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Aquarius(8)
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まだ梅雨の開けない、朝からしとしとと小雨が降り続いている蒸し暑い日の午後。僕はこっそり教授の個展会場に来てしまった。
来てはいけないと言われても、我慢できる筈がない。
今日の教授のスケジュールを調べて、この時間なら居ないと分かっていた。会わなければ、何も問題は無い筈だし。
大学で会っても、前のように話し掛けてくれなくなった事が悲しくて、遣る瀬無い想いをずっと抱えていて、どうしようもなくて。
今日、教授の作品を観たら、少しは吹っ切れるかもしれないと……いや、もう吹っ切らないといけないと思っていた。
大学に残る道を決めていたけれど、違う道を真剣に考えないといけない時期だった。
――雨宮 侑 展「水」
そんなに大きくないギャラリーの三階まで、教授の作品が飾られていた。
水をテーマにした作品は、どれも 水の冷たさや、激しさ、優しさが伝わってくる。
外の蒸し暑さが嘘のような冷たい水の表現力に圧倒されながら階段を上って行くと、二階と三階の間の踊り場に小さな一枚の絵が飾られているのが目に入った。
――タイトル『岬』
暗い夜の海を照らす、灯台の光。
海へ伸びる険しい傾斜地形の崖。
荒れた暗い蒼の海。
「この絵を描きながら、貴方は何を思い出していたんですか?」
小さな声でその絵に話し掛けても、返事が返ってくるはずもない。
三階フロアの中央に、あの夜見せてもらえなかった大きな絵が飾られていた。
――『Aquarius』
水瓶を手にした少年は、身体に纏い付く青い水の色に溶けて消えてしまいそうに儚い。
「これは……」
この僕にそっくりな少年は?
似ているけど、これは僕じゃない。
だけど、この絵は僕に何かを語りかけてくる。
――いつの頃からだろう……
気が付けば何処からか誰かの視線を感じて顔を上げれば、そこにはいつも教授がいた。
実習室で、図書館で、学食でも。
偶然と言うには、あまりにも多過ぎる……――
心臓を鷲掴みにされたように、きゅうっと胸が苦しくなってきて、僕は言いようのない不安に襲われていた。
「岬くん……」
不意に後ろから声を掛けられて驚いて振り向くと、いつの間にか雨宮教授が立っていた。
「先生……」
優しい微笑みを浮かべたその顔に、泣きそうになる。
「……だから、来ちゃ駄目だと言ったのに」
教授はゆっくりと僕の前まで歩いてくると、その逞しい腕でそっと僕の身体を抱きしめてくれた。
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