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Aquarius(9)*
*
ギャラリーの前の道路でタクシーを拾って乗り込むと、さっきまで小降りだった雨が急に激しく降り出してフロントガラスを打ち付ける。
忙しなく動くワイパーの向こうに、都会の喧騒が流れていく。まるで世界中に、僕と教授しか居ないような錯覚を感じていた。
「『Aquarius』の神話を知っているかい?」
呟くような声で問いかけて、教授は窓の外を見遣る。
「はい。聞きかじりですけど」
「美しいガニュメーデースを攫ったのは、俺だよ」
――その美しさを自分だけのものにしたかった。
全てを奪いたかった。何処にも行かせたくなかったのに……。
『兄さんとは一緒に行けない』と、弟は言った。
掌に掬った水のように、指の隙間から零れ落ちて消えてしまうのなら、いっそ攫って逃げられないように壊してしまいたかった――
「ガニュメーデースの水瓶から零れ落ちているのは、きっと彼の涙なんだよ」
雨に霞む窓の外を眺めながら、教授はそう言って薄く微笑んだ。
*
教授の家の前でタクシーを降りて、門扉から玄関までの間に、降りしきる雨に打たれて二人ともぐっしょりと濡れてしまっていた。
玄関を入って鍵を閉めると、どちらからともなく唇が重なる。
「ん……ん……」
難なく唇を割り、入ってきた教授の舌に最初から激しく咥内を愛撫され、甘い吐息が鼻から抜ける。
舌を絡め合わせて熱を混じらせ、お互いの濡れた身体を抱きしめ合う。
靴を脱ぎながらも、唇を合わせる角度を何度も変えて、激しく求め合うように。
深いキスを交わしながら、教授の指が僕のシャツの釦を一つずつ外していく。
雨で肌に張り付いていたシャツは、剥ぎ取るように脱がされて、板張りの廊下に濡れた音を立たせながら落とされた。
二人で絡み合いながら歩いた後の廊下に、ポタポタと濡れた跡を残していく。
障子を開けて部屋に入ると、すぐに畳の上に押し倒されて、教授が僕に覆い被さるように唇を重ねてきた。
「ん……ふ、ぅ……」
激しく、熱く、全てを奪うように求められて、口づけだけで蕩けさせられていく。
キスの合間に、教授も着ているものを脱ぎ捨ててお互いの肌が密着する。
雨に濡れた肌は、しっとりと湿り気を帯びて冷えているのに、身体の中は熱い。
「今度こそ約束通りに、この家で一緒に暮らそう」
一度唇を解き、まるで夢でも見ているかのようにうっとりとした表情で、教授は呟くように言葉を零した。
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