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第2話
「柏木部長は、ラブレターをもらったことがありますか?」
「何だ、唐突に」
柏木は顔色ひとつ変えず、隣の黒田をちらりと見た。自分とあまり身長が変わらず、年齢より少し大人びて見えるところがあるが、笑うと子供のようだ。口元から覗く八重歯が、そう見せているのだろうか。
「いえ、部長ならモテそうだから…そういう話、ごまんとあるかなと。昔は携帯電話が無かったから、手紙か電話ですよね」
あればちょっと妬けてしまいますね、と柏木の顔色を窺いながら、黒田はおかわりをしたグラスに口をつける。
そんな黒田の意味ありげな呟きにも動じず、柏木は答えた。
「もらったことは…あるにはあるが、遠い昔で内容も覚えていない」
柏木は、もうこの話は終わりだ、といわんばかりにグラスのワインを飲み干し、牡蠣のアヒージョを口に運ぶ。
照れなのか、本当に忘れたのか、黒田の呟きに対しての答えなのか。そのポーカーフェイスからは読み取れないが、少なくとも眼鏡の奥の目元に赤みがさしていることを、黒田は見逃さない。自分の言葉に、少なくとも反応はしてくれている、と心の中で自分を励ますのだった。
店を出て大通りまで歩く。タクシーを止めるために挙げようとした柏木の手首を、黒田がつかんだ。酒のせいなのか、熱い気持ちが肌に出たのか、黒田のやたら高い体温に驚いたかのように、柏木は黒田を見た。
「柏木部長、もう…お帰りなんですか?」
まだ宵の口、といった具合に周囲は賑やかだ。そんな都会の夜にしては早い帰りに、黒田は切ない目を向ける。
「はしごは体によくない。今週は残業も多く疲れただろう。帰って休むといい」
黒田を労うようなその言葉は、逆に冷たい氷となって黒田の胸を突き刺す。
ほんの一瞬、手を離した隙に柏木はタクシーを拾った。
「また、月曜日に」
そう言って柏木は、タクシーに乗りこんだ。
月曜日に。それは休日の間は会わないという、柏木の心にかけられた鍵のようだった。それを解除する術を、黒田は持たない。
去っていくタクシーを見つめ、黒田は呆然と立ち尽くしていた。
(部長…僕の気持ちは知っているはずです。なのに、なぜ――)
柏木と黒田は、同じ部署の上司と部下の間柄だが、仕事やプライベートの悩みを聞いてもらううちに、いっしょに食事に行く回数が増えた。
同じ部署の社員からは、“仕事では頼りになるけど、あまりプライベートに立ち入らせないところがあるから、個人的に仲良くなりづらい”と噂されることもある。
だが、話しをするうちに、黒田にはわかったことがある。柏木は、恋愛に関して臆病になっているのだ。
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