2 / 4

第2話

「柏木部長は、ラブレターをもらったことがありますか?」 「何だ、唐突に」  柏木は顔色ひとつ変えず、隣の黒田をちらりと見た。自分とあまり身長が変わらず、年齢より少し大人びて見えるところがあるが、笑うと子供のようだ。口元から覗く八重歯が、そう見せているのだろうか。 「いえ、部長ならモテそうだから…そういう話、ごまんとあるかなと。昔は携帯電話が無かったから、手紙か電話ですよね」  あればちょっと妬けてしまいますね、と柏木の顔色を窺いながら、黒田はおかわりをしたグラスに口をつける。  そんな黒田の意味ありげな呟きにも動じず、柏木は答えた。 「もらったことは…あるにはあるが、遠い昔で内容も覚えていない」  柏木は、もうこの話は終わりだ、といわんばかりにグラスのワインを飲み干し、牡蠣のアヒージョを口に運ぶ。  照れなのか、本当に忘れたのか、黒田の呟きに対しての答えなのか。そのポーカーフェイスからは読み取れないが、少なくとも眼鏡の奥の目元に赤みがさしていることを、黒田は見逃さない。自分の言葉に、少なくとも反応はしてくれている、と心の中で自分を励ますのだった。  店を出て大通りまで歩く。タクシーを止めるために挙げようとした柏木の手首を、黒田がつかんだ。酒のせいなのか、熱い気持ちが肌に出たのか、黒田のやたら高い体温に驚いたかのように、柏木は黒田を見た。 「柏木部長、もう…お帰りなんですか?」  まだ宵の口、といった具合に周囲は賑やかだ。そんな都会の夜にしては早い帰りに、黒田は切ない目を向ける。 「はしごは体によくない。今週は残業も多く疲れただろう。帰って休むといい」  黒田を労うようなその言葉は、逆に冷たい氷となって黒田の胸を突き刺す。  ほんの一瞬、手を離した隙に柏木はタクシーを拾った。 「また、月曜日に」  そう言って柏木は、タクシーに乗りこんだ。  月曜日に。それは休日の間は会わないという、柏木の心にかけられた鍵のようだった。それを解除する術を、黒田は持たない。  去っていくタクシーを見つめ、黒田は呆然と立ち尽くしていた。 (部長…僕の気持ちは知っているはずです。なのに、なぜ――)  柏木と黒田は、同じ部署の上司と部下の間柄だが、仕事やプライベートの悩みを聞いてもらううちに、いっしょに食事に行く回数が増えた。  同じ部署の社員からは、“仕事では頼りになるけど、あまりプライベートに立ち入らせないところがあるから、個人的に仲良くなりづらい”と噂されることもある。  だが、話しをするうちに、黒田にはわかったことがある。柏木は、恋愛に関して臆病になっているのだ。

ともだちにシェアしよう!