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第3話
柏木が恋愛に対して積極的でないのは、単に年齢から精力が落ちている、というふうでもなさそうだ。
離婚が原因なのだろうか。それは黒田にもわからない。
柏木に対して次第に恋心が募った黒田は以前、思い切って“好きです”と伝えた。
「君は私に対して、恋愛というより、父親か何かのように思っているんじゃないのか。それを勘違いしているだけだ」
そう返された。
違います、あなたは父親なんかじゃない。ただの父親に、上司に、胸が苦しくなることなんてありません!
そんな黒田の思いは、聞き入れてもらえなかった。
だが柏木は、黒田と今までのような付き合いをやめることもせずにいてくれる。そして黒田に対する態度も、悲しいかな、変わらない。
時折、二人で飲みに行ったときに、それとなく“好きだ”という気持ちを伝えたが、柏木の返事は変わらない。変わらずに、黒田の“上司”でいてくれる。
接点が絶たれないことは嬉しい。だが、どんなに頑張ってもおよそ手が届かない――まるで銀幕のスターに恋でもしているような、そんなもどかしさを黒田は感じていた。
そんな苦しさに終幕の『Fin』の文字を打ちたいと、何度も踏みだそうとした黒田は、行動に出ようと心に決めた。
週明け、早めに出勤した黒田は、デスクにいた柏木に挨拶した。
いつもと変わらない挨拶を返してくれた柏木に、黒田はにっこり微笑む。
「柏木部長、僕はあなたといっしょにいて、その感情を“好き”だと思っていました。けど、違ったんですね。ごめんなさい」
普段なら、こんな所でそんな話をするな、とたしなめる柏木だが。その目は驚きに見開いていて、二の句を継げずにいた。
翌日、会議があった。終了後、ほかの社員はみな会議室を出て行く。
片付けを済ませ会議室を出ようとした黒田を、柏木が呼びとめる。
「黒田…昨日の話だが」
「何でしょう?」
黒田はほかの社員に語りかけるのと同じように笑みを浮かべた。その笑みに何か苦いものを感じながら、柏木は慎重に言葉を選んだ。
「…その、違っていたというのは、私のことが“好き”ではない、ということか?」
黒田は笑みを崩さず、書類の束を脇に抱えた。
「ええ、そうですね。優しい部長のそばにいたいから、今までは単純に“好き”だと思っていました」
会議室を出ようとする黒田の腕を、柏木がとっさにつかむ。だが、柏木は言いたいことが口から出ない。うろたえる自分を抑えるのに精一杯だ。
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