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第3話元服

 惺の元服は吉日を選んで二条の屋敷で執り行われた。昴と翔、陰陽の頭とその妻、押小路の大納言たちが集まった。童髪である角髪(みづら)を切って、冠下の髻(かんむりしたのもとどり)という髪を結う。  冠を被せる冠親は押小路の大納言が務めた。これによって惺は押小路の大納言の養子扱いで、昴の元に上がった事になった。  陰陽寮の頭の身分は従五位下。正三位の大納言の養子扱いになるのは、それだけで大きな出世だった。しかも同性の結び付きとはいえ、婿である昴は今上帝の第三皇子。幼い頃より力が強過ぎて様々な災厄に見舞われ続けて来た惺。彼は外出も思うようには出来なかった。ましてやこの半年程は部屋から出る事は出来ずにいたのだ。  だがどうだろう。この二条の屋敷の中では何の障り妨げもなく元気にしている。頭はこの屋敷の敷地全体に、人間では到底張り得ない強固な結界が巡らせているのを感じていた。  ここはどのような聖域よりも清らかな場所。まるで八百万神の神々に守護されたような、不可思議で清浄な空間に惺は守られていた。  元より只人(ただびと)暮らしは不可能だった。強過ぎる力は災いしか呼ばない。兄たちよりも天文や陰陽を理解し、宮中の祓い事などの手助けを屋敷の結界の中で行える程、惺の力も才能も優れていた。それを惜しいと思いながらも、出仕そのものがかなわぬ身。  これまで元服にしても延び延びになっていたのは、進退が如何様(いかよう)にも決められなかったからだ。だがこうして大人の髪になり、束帯を身に付けた姿を見ると、頭は感無量の涙が溢れて来るのを止められなかった。  婿君の昴はあれほど流していた浮き名を、今は一切聞かない状態になっていた。しかもどう見ても、未だに惺と閨を共にした形跡がない。今日の元服を待っての事だと考えれば、尚更、頭は涙が止められなかった。  どうか幸せになって欲しい。父親としても陰陽寮の頭としても、無力だった自分を悲しみながらも願わずにいられなかった。  次いで宮中から勅使が来た。同性とは言え、昴が妻を娶ったのだ。父帝は是非に対面したいと、殿上(御所の建物に上がる)出来る身分、従六位下を賜った。惺は位階でも兄たちを飛び越してしまった。  頭の屋敷から移って来た、惺の乳母たちも涙を流して喜んだ。  皆が帰り最後に翔が東の対屋に引き上げた後も、惺は夢を見ているような気持ちだった。昴に寝室へ連れて行かれても、ぼうっとしたままだった。 「そろそろ戻って来てはくれないかな、惺?」  苦笑混じりに言われて、惺はやっと我に返った。 「あ…」 「今宵、私たちは閨を共にして夫婦になるのだから」  昴の言葉に頬を染めて俯いた。乳母から閨事の話は一応聞かされた。 「はい…あの…」  戸惑う惺を抱き寄せてそっと唇を重ねた。 「約束しよう。私は生涯、お前だけを妻とする。もう、浮かれ歩きはしない」 「はい…」  どう返事をして良いのかわからず、取り敢えず答えて目を伏せた。  昴は小柄な身体を抱き締めて、褥にそっと横たえた。唇を重ねながら、衣類を剥いでいく。ほのかな灯りの下で、まだ少年の身体は華奢(きゃしゃ)で愛らしかった。  愛しいと思う。狂おしいまでの切なさに胸を昴の胸は満たされていた。  今までは相手を落とすゲームでしかなかった。相手がその気になればなる程、冷めて行った。興がそがれてつまらなくなった。自分は誰かを抱けても愛する事は出来ない。きっと人として異常なのだと思っていた。  だが初めての閨事に震えながら、それでも昴を受け止めようとする姿に、ときめく胸が抑えられない。 「あ…」  滑らかな肌に掌を乗せると、白い身体がピクリと動いた。  愛しい……  唇を重ねて舌先で割開き、何も知らない口腔を蹂躙(じゅうりん)する。 「ぁ…ン…ンン…」  懸命に応えようと、舌先を動かすのが可愛い。ゆっくりと唇を放すと、潤んだ瞳が見返して来た。 「(うい)奴め…」  その瞳を覗き込んだだけで常になく、ゾクリと快感と欲望に自分のモノが戦慄(わなな)く。口付けを頬から首筋、胸元へと移動させていく。 「ぁあ…や…昴さま…」  白い肌が赤みを帯び、口付けの花びらが彩りを添える。 「やぁあ…!」  桜色の乳首の片方を口に含み、もう片方を指で(つま)み上げると、惺は悲鳴をあげて仰け反った。 唇で挟みながら、舌先で舐め回す。合間に甘噛みをすると、より高い嬌声があがる。  身体で割開いた両脚を、腰に絡めて刹那げに揺らす。何も知らぬ真っ新な身体。与えられる快感に素直に反応するしか出来ない。  昴にはそれがたまらなく愛しい。穢れを知らない無垢な部分へ指を絡ませると。 「あッ…やぁン…」  瞳に涙を溜めて首を振る。 「怖がらなくても良い。心地良さに任せよ」  耳朶を甘噛みしながら囁くと、惺はコクコクと頷いた。 「あぁン…ひン…あッ…昴…さま…あッ…あッ…やぁ…ああああぁン!」  生まれて初めて他人にイかされた、小柄な身体が余韻に痙攣(けいれん)していた。  次々と溢れ出る涙を舌先で舐めとりながら、惺の吐精で濡れた手をまだ誰も触れた事のない場所へ。 「あッ! 昴さま…やぁ…ああ…」 体内の異物感に惺は身悶えして抗う。昴はあやすように耳朶を甘噛みした。 「あッ…昴…さま…ああッ…」  縋り付いて見上げて来る眼差しが、可愛いくて仕方がない。指を増やして中をかき混ぜながら、髪を整えるのに使用する椿油を垂らす。 「ああン…冷たい…」  その言葉に連動するように中がピクピクと動くのがわかった。昴はもっと激しく指を動かした。 「ひィ…ぁあッ…やめて…」  椿油が動きを滑らかにして、室内に淫らな濡れた音が響く。肉壁への門が程良く柔らかくなったと判断して、昴は指を引き抜いた。 「はぁッ…」  突然、刺激を失った蕾が物欲しそうにうねり蠢いている。その光景に昴は喉を鳴らした。細い両脚を抱え上げ、たぎるモノをあてがった。 「ひィ…ぁあッああッあ…いやあ…!!」  激痛に抱えた両脚が宙を蹴る。解してもなお固く狭い場所を、灼熱の凶器が押し開く。やっとの思いで突き挿れたが、ぎっちりと締め付けてられて身動きもままならない。 「すまぬ…辛いな」  髪を撫で涙に濡れる頬に口付けた。 「昴…さま…」  伸ばされた手を取り握り締めた。 「可愛い奴…これで私たちは夫婦ぞ」 「…はい…」 「大事にする」 「…はい…」  耳に囁いた言葉を受けて、惺の身体から無駄な力が抜けた。  契る。  その意味をやっと理解したらしい。 「動くぞ…今少し耐えよ。じきに心地良くなる」  惺が頷いたのを確認して、ゆっくりと様子を窺うように動いた。 「ああ…ひぃ…あッ…」  苦痛に小さな悲鳴が漏れる。  何とかしてやりたい。少しでも楽にしてやりたい。今まで抱いた少年たちには終ぞ感じなかった、優しい気持ちが溢れて来る。  惺の感じる場所を探して、抽挿の角度を微妙に変えてみる。すると突然、それまでの悲鳴とは違う甘やかな嬌声が漏れた。 「あッああッ…」  同時に肉壁が収縮して、昴のモノを貪欲に締め付けて来る。そこを繰り返し突く。 「ああッ…昴…さま…ぁン…やぁ…ぁン…ああッ…あッ…」  甘やかな声につれて、白い肌が桜色に染まる。 「心地良く…なって来たか…?」  昴の頬も上気して染まる。 「昴…さま…昴…さま…また…ああ……」 「また、イくか…?私も…もう…共に…惺…!」 「ああッ…ああッ…ひぁああッ…!!」  昴の放出した熱を感じて惺も吐精した。  乱れた息でぐったりと覆い被さって、昴は半ば放心している華奢な身体を抱き締めた。  目が覚めたら昴はもう出仕した後だった。女房たちが着替えさせてくれ、朝餉を出してくれた。それを済ませると何もする事がない。せめて漢籍でも借りておくのだったと後悔した。  母屋の御簾越しに庭を眺めていると、もっと眺めたくなって庇に出てみる。庭は程良く手入れをされ、程良く荒れさせてあるのが風情がある。主である昴の趣味の良さがうかがえた。  そのまま、屋敷の中を庇伝いに歩いてみた。生まれ育った屋敷では到底出来ない事だった。東北の対屋の中だけの生活だった。庇に出るだけで様々な魔物や魑魅魍魎(ちみもうりょう)がよって来た。  だがここは何と清浄なのだろうか。空気はどこまでも凛と澄み渡り、澱みなど何処にも見当たらない。呼吸すら苦しかったあの屋敷とは大違いだった。  ふと人の声がした。とても静かな屋敷だったので、人恋しくなった惺はそっと声がする方へと寄ってみた。 「……でしょう?」 「ああ、そうよね?」  どうやら女房たちが集まって話をしているらしい。 「それにしても、本当に美少年を北の方になされるとはおもわなかったわ」 「そうよね~昨日の昴さま、もうあの子しか見ていらっしゃらなかったわよ?」 「ちょっと、あの子はないでしょう?男でも北の方さまなんだから」 「じゃ、何てお呼びするのよ?北の方さま?何か違う気がするのよね」 「惺さま?」 「直接名前はあれでしょう?」 「木犀の花に呼ばれて昴さまが、お連れになられたのだから…月花の君?」 「あらそれ良いわね?」  勝手に惺の呼び名を考えているのを聞いて思わず苦笑してしまった。 「でもさ…いつまで保つかしらね?」 「それは言えてる。今まで一番長く続いたのは確か…西洞院(にしのとういん)の五郎君だったわよね?」 「そうそう。東対屋の君と張り合われて、昴さまが抜け駆けなされたのよね」  《東対屋の君》とは翔の呼び名である。 「あれが長続きしたのって、対の君(同じく翔の事)が悔しがったからでしょう?」 「今回も長続きはするでしょう?他の通い処をやめられてまで、御執心だったんだから」 「噂以上の美少年だしね~」 「ダメと言われれば欲しくなる。マメなる殿方は罪よね~」  マメなるとは彼方此方の恋人へと通う事をいう。女房たちの取り留めのない会話だとはわかってはいる。だが話されているのは自分と昴の事だ。気になって耳を傾けてしまう。 「まあ、此処へ連れていらっしゃったのだから、今までのような浮ついたお気持ちではいらっしゃらないでしょう?」 「そうね。どうやら昨夜までは抱き枕で、やっと閨事をなされたみたいだもの」 「それだけ大事…って事?」 「だと良いわね」  惺はそっとその場から離れた。昴の事は父親から聞いてはいた。最初に文が来た時、一応見せられてそう言われた。だから惺も気にかけなかった。  昨今の流行で美少年に通う公達(きんだち)(貴公子の事)が多い。だからその類のものだと思ったのだ。  惺の側には誰も寄れない。だから気にしなかった。そんな文なら幾つか来ていた。大抵は2~3度来て諦めて来なくなる。  けれど昴は諦めなかった。そのうちにある事に気付いた。彼もまた、珠を握り締めて生まれて来たのだという事に。  自分と同じような人間がいる。そう思うと会いたくなった。だが相手は今上帝の皇子だ。兄たちがもう反対した。  彼に障りがあった場合、自分たちに難が降りかかるのを懸念したのだ。双方の板挟みになった父親の頭は悩んだ。悩み続けて出した結論が、まず昴自身に会ってみる事だったのだ。  惺は全て父親から説明を受けた上で昴に会う事を望んだ。  昨夜…夫婦の契りを結んだ。昨夜まで幾夜も、昴に抱き締められて眠った。彼の温もりはこれまで安らかな眠りと無縁だった、惺には幸せな眠りをもたらした。それだけで幸せだった。  いつまで続くか……  女房たちはそう囁いていた。いつか昴が自分から離れて行ってしまうかもしれない。惺は母屋に戻りながら未来を憂いた。肩を落として部屋に入ると、乳母が待ち構えていた。 「まあ、三郎君、どちらへおいでになられていました?」 「…うん…庭を見てた…」 「まあ、如何あそばされました?」  惺の元気のなさに乳母はまた何か、障りがあったのかと心配しているのだ。 「ちょっと疲れただけ」 「ならば褥に。今日はご無理をなされてはなりませぬ」 「うん」  惺はずっと周囲が言う事に素直に従って来た。そうしなければ生きて来られなかった。  惺は褥に横になった。何処にいても心細さは消えない。昴に抱き締められて眠った夜は、やっと安住の場所に来られたと思った。だがそれもいつかは消えてしまうのかもしれない。  どうして生まれて来てしまったのだろう。誰も惺を必要としない。惺には何処にも居場所はない。横たわって絶望に目を閉じた。  いつの間にか眠っていた。誰かが頬を撫でるのを感じて目が覚めた。 「昴…さま?」  気遣うような眼差しで昴が、覗き込んでいるのを見上げると、優しい笑顔と共に言葉が降って来た。 「気分はどうだ?身体は辛くないか?」  優しさに涙が溢れそうになった。気が付くとこんなにも、彼の事が好きになっていた。魔物が障ると恐れて離れた場所からしか、対面してくれなかった実母より美しい面差しの皇子。 「少し歩き回って…疲れてしまって…あっ!」  惺は大切な事を自分が忘れているのに気付いて慌てて飛び起きた。褥の上に座り直して伏して言った。 「お帰りなさいませ」  すると昴は目を細めて答えた。 「ただいま、惺。寂しくはなかったか?」  そう言われると心が揺れる。潤んだ瞳で見上げると、昴が袖で覆い隠すようにして抱き締めてくれた。 「そうか、寂しかったか。今少し早く戻りたかったのだが、母上(おたあさん)にお前の事を報告申し上げに参っていたのでな」 「昴さまの母上さま…登華殿の御息所(みやすどころ)さまに?」 「私が女人がダメなのは良くご存知だから…お前を妻として娶った事をお喜びくださったよ。フラフラと浮かれ遊ぶのは、私の身分に相応しくないと…ずっとお嘆きだったから。  お前を大切にするようにと、念を入れられた」  苦笑混じりの言葉が惺には嬉しかった。 「どうか…御息所さまにお心遣いを賜った事を、感謝致しておりますとお伝えくださいませ」  昴の生母、登華殿の御息所は大層美しい方と聞いていた。更衣という一段低い身分で後宮に入内され、今上帝の寵愛を受けて女御に上がり、昴を産んで御息所として登華殿に住まわれている。  惺にはまさに雲の上の方だった。 「ならば自分の口から申すのだな」 「え?」 「明後日の床現(とこあらわし)の後、お前を連れて参内する事になっている。当然、登華殿にも呼ばれている」 「参内…」  今上帝が対面を望んで惺の元服に、従六位下の位階を賜ったのはわかってはいた。 「私の言う通りにしていれば良い」 「…はい」 「さあ、笑っておくれ、惺」 「はい、昴さま」  姫君のように深窓に育った惺。それは自ら望んだ生活ではななかったが故に純粋で素直だった。  色恋をかけひきの道具にして、今上帝の皇子である昴を手中におさめる。それによって自分の地位や立場を有効に上げようとはかる。紅の唇は甘い声を上げながら、瞳は心を反映して計算高い光を放つ。そんな少年たちにすっかりうんざりしていた。彼らには計算はあっても、昴への愛情は欠片もなかった。昴の心も冷え切って優しい気持ちは愚か、愛情すら湧いては来ない。  翔と競うように都中の美少年を漁ったが、得たのは深い失望だけだった。女性ならばもっと愛情をくれたのかもしれない。だが昴は女性を抱き締めたいとは思わない。  落胆と孤独。  それがどうだろう。  陰陽の頭から貰い受けた惺は、ただ抱き締めて眠るだけで安心した。邪心など微塵もない澄んだ眼差しに、昴は安らぎを感じたのだ。  そして…初めて逢った日に視た、あの不思議な光景。惺に逢う為に、この:現世(うつしよ)に自分は生をうけたのだと。不思議ではあるが、得心がいってしまう。やっと巡り逢えた天の定めし相手。 「何か欲しいものはあるか?」 「その…勉強をしたく思いまする」  陰陽道については学んで来た。それは惺にとっては身を守る事だった。だがここは安全だ。 清浄だ。だから皆と同じように勉強をしたい。何処かへ行かなくてはならなくなっても、教養のない鄙者(ひなもの)(田舎者)では昴に恥をかかせてしまう。だから最低限必要な事を学びたいのだ。  この時代の貴族の子息が通常、教養の基本として学ぶのは《四書五経》と呼ばれるものである。《四書》とは儒教の代表的な経典、『大学』『中庸(ちゅうよう)』『論語』『孟子(もうし)』をいう。 《五経》は同じく儒教の経典で四書よりも上位に考えられた。『詩経』『書経』『易経』『春秋(しゅんじゅう)』『礼記(らいき)』をいう。 「すぐに取り揃えてあげよう。わからない所は翔に訊けばよい」  その言葉に惺は問い返した。 「昴さまはお教えくださらないのですか?」  すると彼は苦笑した。 「教えても良いが…私より翔の方が得意だからね」 「でも…でも私は…昴さまに教えていただきたいのです」  昴はその真っ直ぐな瞳に射抜かれた気持ちになった。 「私はどちらかと言うと歌の方が得意だから。禁中での作法などは私が教えてあげよう。  惺は楽は好きか?」 「はい」 「では笛は好きか?」 「はい!」  この時代、貴族の子息が通常得意としたのが笛だと言われている。琵琶や二胡などの弦楽器も好まれた。  昴は横笛を得意としていた。 「手習いも私が教えてあげよう」 「はい」  惺はこれまで陰陽道や仏教、神道などの勉強しか出来なかった。それらの書かれた書物には特定の力が存在した。だからそれだけは惺の側に持って来られたのだ。 「邪魔するぞ?」  声と共に御簾を上げ、翔が入って来た。彼もたった今、戻って来たらしい。 「翔、ちょうど良かった。惺が勉強がしたいと言うから、いろいろ学ばせる事にした。  四書五経を教えてやっては貰えまいか?」 「構わないが…易経は教える必要はないだろう?」  『易経』とは陰陽の教科書のようなものである。 「はい。でも、もう一度勉強したいです。その…自分で勉強しただけなので」 「手習いは?」 「私が教える」 「では、俺が持ってる本を持って来よう。まずは礼記だな。  あれだと幾つかを一度に学べる」 「良いだろう」 「早々に持って来る」  翔はすぐに箱に入った『礼記』全49巻を運んで来た。 「読んむ事から始めると良い」 「はい、ありがとうございます。」  この時代、書物は大変貴重である。また仮名書きのものと違って、漢字の書籍はきっちりと書き写される事をルールとしている。漢字の書物は公文書として大切に扱われ、勝手に書き換えてはいけないとされていた。  よく、古文は人の手を渡るうちに書き換えられた。従って本当がわからなくなっている…と言われる。だがそれはあくまでも仮名書き本の事だ。公文書は全て漢字で書かれており、書き間違えや文章を飛ばして写した以外は書き換えはない。  その一番のものが『経』だろう。『四書五経』は教科書でもある。実際に大学寮でも教本になっている。  昴は惺に出来るだけ学ばせてやりたいと思っていた。

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