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第7話 惨劇
(ああ…また夢だ…)
昴は自分が今見ている光景をそう感じていた。
紫色の空、凍り付いた大地。遠い昔の自分だとわかる若者が、ペンダントを握り締めて慟哭 していた。
そこへ一人の青年が飛んで来た。そう、彼は宙に浮いていた。
「…王、…は?」
青年は過去の自分を王と呼んだ。だがその前にどんな名前なのか、自分のものも消えてしまった者の名も何かに遮られてわからない。
消えてしまった者……?それは誰の事だ?
「…は…は、消えてしまった…俺を庇って…」
泣きじゃくる彼が差し出したものを見て、青年は言葉を失った。
「そんな…」
ペンダントには三色の珠が輝いていた。青年がその珠に手を伸ばすと、光の玉が出現した。
(ああ、これは魂だ。だが何と弱々しい…)
そう想った昴の気持ちを肯定するように青年が口を開いた。
「ダメだ。損傷は酷過ぎる…種子に戻す以外、救う方法はない」
(種子…に戻す…?)
「それは…それは…」
過去の昴が縋るように青年を見た。
「仕方あるまい?このままでは完全に消滅してしまう。種子に戻してしまえば彼は全てを忘れるだろう。我らと共に転生輪廻 を続けて来た魂の記憶も含めて。それでも完全に失うより、救いはある」
手のひらの光を見つめてそう言った青年の瞳から、真紅の涙が溢れた。
(血の涙…)
本当の本当に悲しい事に出会った時、人は紅 の涙を流すという。
「何事だ?」
瑠璃色 の鎧 をまとった青年がやはり飛んで来た。彼はすぐに先の青年の手のひらのものを見付けて、その凛々 しい面差しから笑みが消えた。
「…王よ、我が愛し子がやられた」
「ああ…何という事だ」
「だから私はこの戦に反対したのだ。勝算はあっても多数の犠牲者が出ると。
見よ、我が愛し子だけではない。一体、幾つの生命が奪われ魂が傷付いた?完全に消えてしまった者…種子に返すしかなくなった者、傷付き過ぎて深い眠りに就いた者、二度と転生が叶わぬ者……
そして……愛しき者を失った者の慟哭が地に満ちている。」
「止めよ、玄武王 ルシファー!」
「私はあの方を恨む。この戦は避けられたのだ。それなのに争う方を何故選んだ?私はもうこの悲しみに耐えられぬ!」
「玄武王!」
彼は紫色の空を見上げると、ゆっくりと彼方へと姿を消した。
(ああ…堕天の君…あなたは…あなたは…)
昴の胸を深い悲しみが満たした。
「………さま……昴……昴さま…」
呼び声に昴は飛び起きた。
「大丈夫 であらしゃりますか?」
惺の心配げな顔が覗き込んでいた。その顔を見た途端、昴は胸がいっぱいになった。目頭が熱くなり涙が零れ落ちた。
「昴さま!?」
驚く惺の身体をしっかりと抱き締めた。何故涙が溢れて止まらないのかわからなかった。ただただ、抱き締めた惺を愛しく思った。
「昴さま?苦しゅうござりまする…もう少しお力を、お緩めくださりませ…」
困る惺の声に誰かの想いが重なるようにして昴の心に響いて来た。
《あなたが無事で良かった。あなたさえ無事ならば、僕は何もいらない。生命すら惜しくない。
ありがとう。一緒にいられて幸せだった………》
哀しい哀しい想いが、深い愛情の光と共に昴の内側を満たした。
「惺…いつまでもも私の側にいてくれ…」
もう誰も失いたくない。
失う痛みはいやだ。
でもそれは…誰の痛みだったのだろうか………夢を覚えていない昴はそう思った。
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