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儚い感情 8
朝比奈は単なる好奇心の延長で話題に出しただけだ。別に深い意味はないんだ。
────そう思って出来るだけ違和感がないように話をそらした。
まるで他人事のように。
それに、洵也とのことを知る教師は殆どいないはず。どこからそんな噂が再発したのか知らないがほっとけばまた噂は消えるはずだ。
当時だって理事長の圧力で真実は単なる“噂話”程度まで揉み消され、俺の謹慎処分も表向きは“研修”と言うことになっていたらしいし。
色んな意味で思い出したくない過去だ。
なのに、朝比奈のせいでまた余計な事を思い出してしまった。
『────君のことはどうでもいいんだが、洵也の将来に傷が付く。だから、今回はなかったことにしてやるから別れなさい。』
あの時、理事長から言われた言葉は今でも忘れてはいない。
可愛い孫をたぶらかした汚らわしい男────
見下した目がそうだと言わんばかりに物語っていた。
だが、世間一般的には年上で教師の俺が一番悪いことになるのは仕方ないこと。だから、教師を辞める勇気がなかった俺は従うしかなかった。
でも、俺たちの中で別れは一時的で、洵也が卒業したらまたちゃんと付き合う約束だったのに、謹慎が終わった矢先にあんな別れを突き付けられ、そんな約束も所詮無意味だった。
まぁ、全ては過去のことだ。
今さら話を蒸し返したってしょうがないから朝比奈には悪いが適当に誤魔化した。
なのに、目の前のこいつは……
「あ、すいません生2つ追加で。」
「お、おいっ!」
「もう少し話したいことがあるんですよ……あと一杯だけ付き合ってください。」
店員を呼びつけ俺の分まで追加注文するとそう俺に告げてきたのだった。
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