33 / 34
凪沙 第3話
一限目の終了を知らせるチャイムが聞こえる。今のうちに教室に入らないともう入れない。それは重々解っている。
けれど、あの夢が予知夢のように思えて、不安になり吐き気さえしてきた。
もしも、修斗に知らない人を見るような目で見られたら、もしも、嫌悪の表情を向けられたら。僕は一体どうすればいいのだろう。
立ち上がったものの前に足を出すことができず、壁に背中を預けずるずると滑り落ちるようにして座り込んでしまった。
「どうしよう…こわい」
そのうちに二限目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。もう教室へは入れない。足元から深い霞が迫ってくる気がして、怖くて動くことが出来なくなっていた。
今日は学校へは来なかったことにすればいい。そうしよう。だれも今ここにいることを知らない。誰にもわからないように帰ってしまえばいいんだ。
小学生の時から今まで一度も授業をサボったことはない。特に優等生というわけではないのだが、進学校の特進クラスに授業を抜けるという考え方はなかった。
まさかこんなところに僕がいるなんて誰も考えないだろう。そう思うと少しだけ気が楽にになった。
「ふぅ」
小さく息を吐くと膝を抱えて床の張り合わせてあるタイルの細い隙間をながめていた。
「……」
「で?お前はここで何してんの?」
いきなり声を上からかけられた。心臓が口から飛び出るかと思うほど驚いた。
「な…んで?」
「なんで?こっちの台詞だろ」
「どうして?」
「具合でも悪いのかと思って家に電話したら、学校行きましたけどっておばさん言うし。焦ったよ」
「電話って……」
「だからお前が連絡もなく休むなんて珍しいから、一限目の終わりに電話いれたんだよ」
「……誰が?」
「俺以外にだれが電話すんだよ」
「……ぅ…ん」
「で、ここで何してんだ?」
「何も……してない」
「何かあったら、話せよ。そんなに俺、頼りないか?」
「ちがう……」
言いかけて涙が出る。何をどう伝えれば良いのか分からない。
「修斗は……もう、好きじゃない?修斗は僕のこと……もう好きじゃないの?」
ぽろぽろと言葉と涙が重なってこぼれた。
「どうして、そんな話になるのかな?」
修斗が困った顔をして、そのあと僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。その手の温度がいつもの修斗の手の温度で嬉しくて、それなのになぜか涙が止まらなくなった。
「ごめんね、修斗。ごめん」
「よし、これから二人で授業サボるか?その様子じゃ、教室戻れないだろ」
そういわれて、恥ずかしくなる。下を向いて袖口で顔をごしごしと拭いた。
「ほら、行くぞ。裏から出りゃわからないだろ」
修斗が手を伸ばしてくれた。その手を取る資格が自分にあるのか戸惑う。
「ほら、早く」
急いでその手をとる。伝わってくる温度がまだ大丈夫だと教えてくれた。誰かを好きになって、誰かから同じだけのものを返してもらえるとしたら、それ以上の幸福はないのかもしれない。
ともだちにシェアしよう!