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第5話

 毎朝早く起きて凪沙の登校時間に合わせた。玄関で凪沙が出てくるのを待つ。門のところで「おはよう」と、声をかける。  ぶかぶかの紺のブレザーを着て恥ずかしそうに笑う。その笑顔はいつまで経っても出会った頃と変わらない。それから駅までの道を一緒に歩く。他愛も無い話をしながらの十分間が俺の宝物。  駅の改札口で凪沙を見送ると、来た道を交差点まで戻り左折する。それが俺の日課であり、唯一の楽しみだった。学校に早く着いてしまうので、教室で空を見ながらぼんやりと凪沙の事を考える。  もう学校に着いただろうか。今頃、誰の横で笑っているんだろうか。  中学もそれなりに楽しかったはずだ。ただ今思い返しても、その朝の時間だけが鮮明な色を放って記憶の中に残っている。  中学一年の春、凪沙がバスケ部に入った。同じクラスの女子に勧められたというのが癪にさわったが、俺も同じようにバスケ部へ入部した。凪沙と同じ部活にいるという事実が気持ちを高揚させてくれた。  中学でなんとなくつるむ仲間もでき、女子から告白されたこともあった。もしかして、好きになれるかもしれないと、付き合ってみたが興味もない相手に合わせて話をすることに疲れた。  凪沙とは毎日やりとりをした。学校の事、部活の事……そして、聞きたくもない恋愛の事。  そう、凪沙には好きな女の子ができたのだ。同じクラスの女子で凪沙がバスケを始めた理由だ。  「浅野さんってね、修斗みたいなんだ。頼りになるんだよ」  嬉しそうに凪沙が言う。電話で凪沙の話を聞きながら心が凍る。俺みたい?だったらなぜ俺じゃ駄目なんだ。見当違いの声が頭の中でする。  凪沙が俺の気持ちに気が付くことはない。応援するよと言いながらも心の中では上手く行かなようにと、それだけを祈っていた。告白さえしていない俺の気持ちを分かれと言われても無理な話だ。そんなこと百も承知だが、心はざわつく。  中学二年の夏休み、その日は部活が休みだと聞いていた。  凪沙からは連絡がない。俺が送ったメッセージへの返信もない。  凪沙の部屋の窓は閉まっている。部屋にいないのか?誰とどこにいる?そんなことを考えるだけで、呼吸が苦しくなる。

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