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第16話

 駅まで走る。全速力で。試合の時でもここまで速く走れない。カラオケボックスに着いて息を切らせながら近藤に電話を入れた。  「どこだ?」  言われた部屋に飛び込むと近藤が一人でにやにやと笑っていた。  「凪沙は?」  「凪沙がここにいるって誰が言った?どこにいるかと、聞かれたから俺のいる場所を教えただけだ」  やられた、確かに凪沙が一緒だとは言ってなかった。近藤は笑いながら続けた。  「荻野。お前、凪沙の事襲ったって?あ、未遂か?」  最悪より悪い状況を何と言うのだろう。  何でこいつがそんな事知ってるんだ?何も答えられない。思わず下を向いてしまった。  「へえ、図星か。凪沙のお前の避け方おかしいと思っていたんだよな」  かまをかけられたか、ため息とともに座り込んでしまった。  近藤が側に寄ってきた。そして、座り込んだ俺の目の前にしゃがみ込むと俺の顎をつかんだ。いきなりの事に動けない。  「なあ?とりあえず俺と寝てみない?凪沙は無理だよ。諦めな。足りないところ埋めるだけの相手なら笠間だって、誰だって同じだろ?試してみない」  いろいろな事が同時に起こってしまい、もう既にキャパオーバー。何が正しいのかさえ分からなくなってしまった。  こいつ誰だよ。本当に近藤か?  「ない。ない。無理!ここカラオケボックスだぞ。お前、何考えてる」  慌てて立ち上がると、後ずさりした。  「場所の問題?じゃあ俺ん家来る?それともお前の家がいい?俺はどっちでも良いけど」  違う、そう言う意味じゃない。何故そんな目で俺の事を見る。 例え誰でも駄目なんだ。凪沙しか好きになれない。小学四年生で出会ったあの夏から。  「悪い。俺帰るわ」  近藤の手を振り切ると踵を返した。  「また明日な」  近藤は俺の肩を掴むと、俺の耳元で小さく囁いた。何も答えずカラオケボックスを出た。  今日はもう何も考えられない。疲れ過ぎてつぶれそうだ。明日からどうすれば良いんだ?俺の居場所はまだあるのだろうか。  やっと終わると思った人生最悪の日は長いの幕切れはまだだった。  家に着くと、玄関先でイトさんがしゃがみ込んでいた。

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