16 / 34
第16話
駅まで走る。全速力で。試合の時でもここまで速く走れない。カラオケボックスに着いて息を切らせながら近藤に電話を入れた。
「どこだ?」
言われた部屋に飛び込むと近藤が一人でにやにやと笑っていた。
「凪沙は?」
「凪沙がここにいるって誰が言った?どこにいるかと、聞かれたから俺のいる場所を教えただけだ」
やられた、確かに凪沙が一緒だとは言ってなかった。近藤は笑いながら続けた。
「荻野。お前、凪沙の事襲ったって?あ、未遂か?」
最悪より悪い状況を何と言うのだろう。
何でこいつがそんな事知ってるんだ?何も答えられない。思わず下を向いてしまった。
「へえ、図星か。凪沙のお前の避け方おかしいと思っていたんだよな」
かまをかけられたか、ため息とともに座り込んでしまった。
近藤が側に寄ってきた。そして、座り込んだ俺の目の前にしゃがみ込むと俺の顎をつかんだ。いきなりの事に動けない。
「なあ?とりあえず俺と寝てみない?凪沙は無理だよ。諦めな。足りないところ埋めるだけの相手なら笠間だって、誰だって同じだろ?試してみない」
いろいろな事が同時に起こってしまい、もう既にキャパオーバー。何が正しいのかさえ分からなくなってしまった。
こいつ誰だよ。本当に近藤か?
「ない。ない。無理!ここカラオケボックスだぞ。お前、何考えてる」
慌てて立ち上がると、後ずさりした。
「場所の問題?じゃあ俺ん家来る?それともお前の家がいい?俺はどっちでも良いけど」
違う、そう言う意味じゃない。何故そんな目で俺の事を見る。 例え誰でも駄目なんだ。凪沙しか好きになれない。小学四年生で出会ったあの夏から。
「悪い。俺帰るわ」
近藤の手を振り切ると踵を返した。
「また明日な」
近藤は俺の肩を掴むと、俺の耳元で小さく囁いた。何も答えずカラオケボックスを出た。
今日はもう何も考えられない。疲れ過ぎてつぶれそうだ。明日からどうすれば良いんだ?俺の居場所はまだあるのだろうか。
やっと終わると思った人生最悪の日は長いの幕切れはまだだった。
家に着くと、玄関先でイトさんがしゃがみ込んでいた。
ともだちにシェアしよう!