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第19話

 凪沙が薄茶色の目で俺を見つめている。手に自然と力が入る。凪沙の両肩を寝具に押し付けるような形で俺は凍りついてしまった。凪沙のまっすぐな瞳に映っているのは俺だけ。  心臓が悲鳴をあげそうになる。  その時、玄関の呼び鈴が来客を伝えた。  えっ、こんな時間に?一瞬、力の抜けた腕の中から凪沙がスルリと抜け出した。  「はい、どちら様ですか」  まるで何事もなかったかのように、凪沙は玄関の対応に出て行った。  ぎりぎりだった。あと一歩で凪沙の気持ちも確認しないまま、戻れないところへ行くところだった。  俺は助かったのか、それともチャンスを逸したのか。  凪沙はすぐに戻ってきた。来客を引き連れて。  「おっ、お前、なんでここに」  近藤は並べられた布団と俺を交互に見てふっと笑った。そして冗談だか本気だかわからない台詞を吐いた。  「一人じゃ寂しいだろうと、添い寝しに来てやったのに。荻野も抜け目ないなあ」  「心配して来てくれたんだよ。良かったね修斗。今、近藤君の布団も用意するよ。和室の押し入れにあったよね?」  凪沙はまるで当然のようにせまい部屋に無理やりもう一組布団を引っ張ってきた。  まさか、この狭い部屋で三人で寝るのか。  「近藤、お前帰れよ」  つい本音が出てしまう。  「え?俺がいると何か不都合あるのか?」  にやにやと笑いながら近藤はさっさと布団に潜り込んでしまう。  俺は眠れないと思っていたが、疲れ過ぎていていたのか横になるとすぐに眠りに落ちたようだった。まだ暗いうちに目が覚めた。ふとベットの下に目を向けると凪沙が気持ちよさそうに眠っている。  「おはよう」と、頬をつんとつついてみる。  「ん?おはよう、修斗」  凪沙が目を閉じたまま返事する。  俺の手は無意識に凪沙の頬に触れる。その滑らかな骨格を辿ろうとした瞬間にすっと他の手が凪沙の後ろから伸びてきて俺の手を掴んだ。  「朝から止めろよ、盛るなよ荻野。お前何してんの?」  ああ、近藤。そういや居たな。  「お前、まさか俺いるの忘れてたとか?」  仕方なく起き上がる。  「朝メシ、トーストくらいしか無いんだけど。いい?」  俺の質問に近藤が質問で答えてきた。  「卵と牛乳ある?俺作るわ」  本当にこいつがよく理解できない。手際よく食事の支度をして、コーヒーを落としてくれた。  「俺、床上手だし。家事できるし。いいお嫁さんになると思うんだけどな」  にっと笑いながら俺にそう声をかける。  「近藤君、お婿さんだよ」  凪沙は何をどう理解したのか、真面目な顔で訂正してきた。

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