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第21話
その日の部活ではやたらと元気に振る舞う凪沙と、大あくびの近藤とを交互に見ながら、なんとか時間をやり過ごした。
部活の帰りにイトさんの入院先に寄って様子を見て帰る。思ったより元気そうで安心した。「病院は退屈なのね」と笑っている。
少し話していると凪沙からメッセージが来た。
「お母さんが、今日はうちに泊りに来なさいだって」
たったそれだけのメッセージ。けれど、それだけで俺は嬉しくなる。
病院を出てからすぐに返信した。けれど何も答えは返ってこない。やはり今朝の件がどこかに引っかかっているのか。これからのことを考えて気が重くなる。早く話がきちんとしたい。そう思いながら家路を急ぐ。
「こんばんは、お世話になります」
慣れた隣の玄関を開ける。
「あら修斗君。おかえりなさい。おばあちゃんの具合はどう?お夕飯の準備するから凪沙の部屋で待っててね」
笑顔で礼を述べると凪沙の部屋に向かう。いつものこと、小さい頃からのいつもの流れ。
凪沙の部屋の前で声をかけてみるが、返事はない。「開けるぞ」と声をかけてからドアをゆっくりと開いた。
「凪沙?いるのか?」
部屋は真っ暗で静まり返っている。
寝てる?寝てるのか。無防備な寝姿にくすぶっていた感情に火が付く。そして理性より先にその感情に引きずられて動いてしまう。
眠っている凪沙を抱え起こすようにして抱きしめた。
「あれ?修斗?……どうしたの?」
少し寝ぼけたような声を出して凪沙は目を覚ました。けれど、抱き締めた俺の手が振り払われることはなかった。
凪沙は身じろぎもしないで、ただ俺に抱きしめられている。
「修斗、おかえりなさい。 返信がないから来ないのかなと思っていたけれど」
小さい声で耳元で囁くように凪沙が言う。
一瞬、気が遠くなるような感覚にとらわれる。ほの暗い部屋の中、ブレーキの利かない車が滑りだしたように止まらなくなる。頬と頬を重ねて凪沙の体温を感じる。
「お夕飯ができたわよ」
階下から響くおばさんの声に我に返った。ここ凪沙の家だし、何してるんだ俺。
「ごめん」
慌てて凪沙から離れた。
「ん?何を謝ってるの?行こう修斗、お夕飯だって」
凪沙は何事もなかったように立ち上がり俺に手を伸ばした。
「ああ」
差し伸べられた凪沙の手は取らずに立ち上がる。もう限界だ。きちんと決着をつけて、次に踏み出す時だ。
いつまでこの親友という剥がれかけた仮面で生きていくことができるのだろう。
階段を降りる凪沙の後ろ姿を見ながら戻れない感情のやり場を探すことができなかった。
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