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第106話 エプロンs

何を食べたいか尋ねると、誰が答えるより先に級長が、「手巻き寿司にしましょう」とお刺身のコーナーへと我先に歩いて行ってしまった。 パスタならすぐに作れるかなって思ったんだけど、これから帰ってお米研いで、ってやってるとご飯が炊けるまでに2時間くらい掛かってしまう。 そう告げるとリューガくんがちょっと考えた後、 「ごめん、リョーちん。俺もう手巻き寿司の口になってる」 ニカッて笑って、サーモンをカゴに入れた。 カゴを持つ中山もイクラを手に、 「今日は皆で作ろうぜ。紫藤の手料理は今度ってことで」 そう言うと爽やかに笑った。 皆、俺が落ち込んでると思って気を遣ってくれてるんだ……。 「うん。ありがとうっ!」 嬉しくて、リューガくんと中山に抱きつこうとすると、級長に首根っこを掴まれて動きを封じられた。 「駄目ですよ、君は羽崎君の恋人なんですから。それから、これも予算オーバーで、却下です」 しっかり者のクラス委員長は、カゴに入ったお高いイクラに駄目出しすると、パックを元あった所へ戻し、代わりにトビッコを入れた。 皆には座ってて貰って、先にお米を研ぐ。 いっぱい食べるかな?って、4人分だけど多めに5合用意した。中山とか体育会系だし、いっぱい食べそうなイメージ。 残ったらラップに包んで冷凍すればいいしね。 研ぎあがったお米を炊飯器に仕舞っていると、リューガくんがトコトコって歩いてきて物珍しそうに炊飯器を見つめた。 「オレ炊飯器久しぶりに見たーっ。なんかカッコイイのな!近未来的な、宇宙的な」 シルバーに光る炊飯器に、興味津々みたいだ。 「家ではお手伝いしないの?」 「しねーよ。じいちゃんが昭和の遺物っつーかさ、男児は台所に立つなとか言うもんだから、俺は専ら食べるだけー。うち土鍋で炊いてるらしいし、炊飯器自体無いしなー」 リューガくんのお家、古い家庭なのかな? 「だから調理実習ぐらいでしか料理したことねーもん。リョーちん自分で弁当も作ってんだろ?エライよな~」 「必要に応じてね。俺も初めは上手くできなかったよ。火加減良く分かんなくて玉子焼きは焦がしちゃうし、魚は生焼けだったりして」 「へぇー。想像もつかねぇ。リョーちん、良く出来た嫁って感じだもんな」 「嫁って…」 リューガくんから離れて、ガスレンジの下から卵焼き器と、上からボウルを取り出した。 「あ!それ何?」 目をキラキラ輝かせて覗き込んでくる。 「玉子焼きも焼こうかなって思って。あ、でも具材いっぱい買ったからいらないかな?」 「いやっ、いるいる!斗織いっつも独り占めして分けてくんねーんだもん。リョーちんの玉子焼き食べたい!」 「あ!紫藤、俺も食べたい!!」 部屋の方から中山の声が響いた。 大声を出した中山を咎めてから、 「僕も戴きます」 級長もそう続く。 「うん。じゃあ、多めに作ります…」 へへっ、皆に食べたいって言ってもらえるの、なんだか嬉しいな。 多すぎちゃうかも知れないけど、冷蔵庫から卵を4つ出した。 「リョーちんリョーちん、オレ、卵割りたい!」 見上げてくる瞳が、散歩に行くよって言われた時のワンコみたい。 堪らない可愛さで、胸がきゅうんって音を立てる。 級長、見て見てっ!リューガくんがすっごく可愛いよ!! 永久保存版!! 「じゃあ、汚れるといけないからエプロン出すね」 「おう、ありがと!」 リューガくんには何色が似合うかな? お姉ちゃんが度々送ってくれるから、手持ちのエプロンの数は両手に余るほど。 今、俺が付けてるエプロンも、この前斗織が来た時とは違う、薄いブルーと白のチェックだ。 フリルが付いててちょっと女の子っぽいけど、写真を撮って送ったら「似合う」って喜んでくれたから、セーフなんじゃないかなって……自分では悪くはないと思って着てる。 お姉ちゃんはデザイナーだし、センス良いからきっとアウトって程では無いと思うし。 斗織だったら黒の、…そうだなぁ、ギャルソンエプロンがかっこいいよね。 でも、斗織は基本着物だから、そしたら割烹着…? ふふっ、斗織が割烹着とか! 「ああ、これが良いんじゃないですか?」 ハンガーに掛かってるエプロンを物色していると、横から級長の指がヒョイとその中の1枚を指し示した。 「これ?」 真っ赤な生地で、胸当てがハート型。同生地のフリルで周りが囲われてる。 お姉ちゃんが「バレンタイン仕様よ」って言って渡してきたものだ。 「つけてくれるかなぁ?」 「大豆田君には赤だと思います」 「あ、うん!リューガくん赤似合う!」 「では、こちらを」 ちょっと乗せられた気がしなくもない。 リューガくんはエプロンを見るなり、 「可愛すぎだろコレ!!」 顔を赤く染めてそう叫んだ。 だけど、どうぞと差し出せば、躊躇しながらもバレンタイン仕様のふりふりエプロンをつけてくれる。 俺もどうも着辛くて、一度しかつけたことのないエプロンだけど。 「写真を撮るので並んで下さい」 リューガくんの腰の後ろでリボンを結んだタイミングで、級長がスマホを構えてやって来た。 俺も!と中山が続いて、リューガくんは心底嫌そうに「ぜってームリ!!」と叫ぶ。 だけど俺が、 「写真撮ったら俺にも送って!」 と言うと、観念した様子で俺の隣に並んでくれた。 「せめて、カッコ良く撮れよ…」 あーっ、オレリョーちんに弱い!と頭を抱えるから笑ってしまう。 斗織がいないのに、こんなに楽しい。 皆がいてくれるお陰だ。 そりゃあ、淋しくないって言ったら嘘になっちゃうけど。 でも、やっぱりそれでも楽しくて、俺はヤケっぱちのリューガくんと並んでダブルピース。 笑顔で写真を撮ったのだった。

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