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第129話 お前が欲しい

「えっと、ね? …父さん、仕事忙しくて大変なのに、1人でご飯も作れないし、洗濯すると白い服染めちゃうし、俺が居ないと湯船にも浸からないし、放っといたら体壊しちゃうでしょ? でも、俺以外に面倒見る人も居ないし」 「それは、まぁ……そうなんだけど」 事情を知ってるお姉ちゃんが、頭に手をやりながら溜息混じりに頷く。 「えっ! リョーちんのお父さん、超デキる男っぽいのに!?」 リューガくんの発言に、皆が同意の視線を向けてきた。 「仕事は、ね。それで、転勤してはその地域の面倒見て、また次のトコって、毎年転勤が続いてるんだけど…。父さん私生活では無能力者だよ。服も俺が片付けてあげなきゃ脱ぎっぱなしにしちゃうし、母さんにもそれで呆れて捨てられたんだもん」 他の3人がビックリしてる中で、斗織だけが何かに納得したように、うんうんって頷いてる。 「だからお前、出来たヨメなんだな」 何言ってんだこの人…。 誰が出来たヨメだよっ! だけど、そんなことを言ってフザケてた筈の斗織が、不意に真剣な顔をして俺の腕を掴んだ。 なんだろう? 斗織、真面目な顔すると、すっごく格好良いけど眉根が寄って怖くなるから、ちょっと緊張する。 斗織は少し腰を屈めて俺に目線を合わせると、更に口元の筋肉を引き締めた。 「お前が欲しい」 ブブッ、と誰かが吹き出す音が聞こえた。 俺は、斗織のその言葉に首を傾げる。 「今も、俺のぜんぶ、斗織のものだと思うんだけど…?」 視界の隅に、頭を抱えて崩れ落ちるリューガくんの姿が見えた。 級長がその背中を擦りながら「どう、どう」って言ってる。馬じゃないのに。 「“今も”、じゃなくて、“今は”、だろーがテメーは。俺は、お前の今も未来も全部、欲しいんだよ」 斗織が、屈めていた腰を伸ばす。 手首を引き寄せられて、その腕の中に抱き込まれた。 きゃーっ!って、お姉ちゃんから甲高い悲鳴が漏れ聞こえた。 「まさかの!ここで!このまま!?」 「へっ、ヘンな事予言すんなっ嵯峨野!」 「変なコトってなんだよ、もうっ、中山のあほ~っ!想像しちゃっただろ!!」 皆の声が、凄く遠くに聞こえる。 温かくて、何よりも力強く聞こえる少し速い鼓動───その胸にしがみつくみたいに、背中に腕を回した。

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