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第160話 別れてください
夕方になって、日が暮れる前にと夜ご飯の買い物に出た。
野菜は残ってるから、今日はお肉かお魚、良さそうなものが有ればメインの食材だけ買う予定。
でも、玉葱が安かったら欲しいかな。
そんな事を考えながらエレベーターに乗り込む。
結局あれから何をする気も起きず、なんとなくテレビを見て終わった。
と言うか、嬉しくて浮かれてて、何にも出来なかったんだよね。斗織のことばっかり浮かんできちゃって。
恋って……凄いです。
エントランスの自動ドアを潜ると、表はまだ明るいけれど、天を仰げば曇り空。
雨は降らなそうだけれど、気温は低い。
夜は寒くなりそうだし、とっとと買い物を済ませて早く帰って来よう。
……手袋、してくれば良かったなぁ。
手首と掌をきゅっと丸めて、コートの袖に仕舞いこむ。
マフラーに口元を埋めながら歩き出すと、ほんの数歩のところで背後から呼び止められた。
「紫藤さん!」
女の子の声だ。
振り返る。
「紫藤遼司さんですよね」
───知らない人だった。
制服を着ているから中高生…恐らく中学生だ。
その知らない女の子から俺は、憎まれていると言って良いくらいの鋭い眼光を向けられていた。
今までは人付き合いを避けていたから、好かれることはなかったかもしれないけれど、逆に言えば、憎まれるほど相手にされる事も無かったと言うわけで……。
この手の視線を向けられることには慣れていない。
子供相手だとしても、当然良い気はしない。
何者かは分からないけれど深く関わらないうちにお帰り頂こうと、早々に要件を訊くことにした。
「俺に何か用かな?」
少し腰を屈めて目線を合わせると、彼女は顔をパッと赤く染めた。
当然、照れた、などという訳もなく、怒りからの反応なのだろう。
女の子って、難しい。
「貴方、先生と付き合っていらっしゃいますね!」
「え?」
疑問を投げかけているようであるその言葉は、しかし否定させる気は無いようで、語尾は強く叩きつけられる。
「探偵を使って調べました。しらばっくれてもお見通しです!」
探偵を使ってって、こんな子供が……?
それに、しらばっくれるも何も、先生って誰だろう?
学校で別段仲良くしてる先生なんていないし。
首を傾げていると、少女は苛立った様子で俺を睨み付けてくる。
「単刀直入に言います。羽崎先生と別れてください!」
「あ……、先生って、斗織?」
「名前で呼ばないで下さい!!」
……と言われても、
「本人から名前で呼んでいいって言われたし……」
「なら、名前で呼ぶのは免除します。でも! 一刻も早く先生と別れてください!」
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