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第161話 もしもの話
俺、結構穏やかな方だと思う。
本気で怒ったことなんて、数える程しかない。
斗織のことで、嫉妬しちゃったりはするけど。
だから、女の子に対してこんなにイラッとしたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「どうして君がそんな事を言うのかな?」
荒らげないようにと堪えた声は、意図した以上に静かに、冷たく響いてしまった。
だけど少女は、そんな事を気にするような気弱な子ではなかったらしい。
「先生は、私の産んだ子を跡取りにと仰ってくれました。だから、先生と結婚するのは私です! 貴方は邪魔なんです。先生を誘惑しないで!」
真っ直ぐに俺の姿を捉え、彼女は「先生の前から消えてください」と言った。
少し前の俺なら、斗織が言ったという言葉に動揺し、不安になったかもしれない。
でも斗織が、ずっと一緒に居るって言ってくれたから。
俺のこと、内臓まで好きだって、そう言ってくれたから。
───俺の気持ちは凪いでいて、彼女の言葉は心を全く揺らさなかった。
少女を、少し強い視線で見つめ返す。
「俺にそんなことを言わない方がいい。斗織のことが好きなら、斗織に嫌われたくはないだろ?」
暗に、俺を悪く言えば斗織からの心証を悪くするだろうと伝える。
キッと更に強い視線で睨み返された。
「貴方は跡継ぎを産むことも出来ないじゃないですか! 先生の栄光の邪魔をするつもりですか!?」
「跡継ぎのことは斗織が自分に任せろと言ってくれてる。俺は斗織の邪魔をするつもりは無い」
こんな言い方、相手を執拗に刺激するだけだって分かってるけど、言葉にせずにはいられなかった。
「家族ならともかく、他人からとやかく言われる問題じゃない。許せないなら勝手に怒っていればいい。
だけど斗織のことを侮辱したり、俺達の事を否定したりするなら、俺は君を許さない。斗織も、君を許さないよ」
「っ………」
彼女は俺を睨みつけたまま、唇をギリ、と噛んだ。
「そんな事、貴方が勝手に思ってるだけです! 茶道に対する先生の姿勢を知らないからそんな身勝手なことが言えるんです!」
どっちが、身勝手だよ……。
怒りで、頭が沸騰しそう。胃がグルグルして気持ち悪い。
「先生が茶道を嗜んでらしてるところを見たことがあるんですか? 先生のお手前を頂いたことがあるんですか?
私は先生の茶道にかける情熱を尊敬しているし、そんな先生のことが大好きです。
貴方は一体先生の何を見て、先生の事が好きだと言ってるんですか!?」
斗織が家のことを───茶道教室を大切に思ってる事は知っている。
教室のある日には余裕を持って早く別れるし、絶対に他の用事を優先させようとはしない。その日には学校以外の用事を入れない。
学校でも茶道部を指導しているくらい、茶の道に触れていたいと思ってることだって。
だから俺も、そんな斗織の邪魔はしたくないし、それも含めて斗織だと思うから。
でも、斗織と別れるなんてもう、冗談でも考えたくない。
斗織は俺の居場所を作ってくれるって言った。
斗織はきっと俺の為にそれを成し遂げてくれる。
だから、これは未来に有り得ない、もしもの話。
「もし、斗織のお母さんが俺のことを認めないと言えば、斗織は、家よりも、茶道よりも、俺を選ぶよ。
君はさっき、茶道をしてる斗織が好きだと言った。じゃあ、茶道をしない斗織のことは好きじゃないってこと?」
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いつも素敵なお話をありがとうございます。 すーっごくスッキリしました。
こちらこそ、いつもコメントをありがとうございます。 斗織がわかりやすく愛してくれるからこそ、はっきり言い返せた遼司なのです。