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第162話 悲しくて
まさか、斗織が茶道から離れる道など無いと、それを想像すらしていなかったんだろう。
少女は息を呑み、なにか伝えようと口を開いた。
だけど、その言葉が紡がれる前に言葉を挿み込む。
「斗織が好き。顔も、身体も、声も、優しいところも、ちょっと乱暴なところも、着物の時も、制服でも洋服着てても、裸でも好き。
だけど、人って変わっていくだろ? 歳をとって将来、太るかもしれない、髪が薄くなるかもしれない、茶道なんてもうしないってほっぽり出しちゃうかもしれない。
それでも、俺は斗織が好きだよ。斗織も、俺が変わっても好きだって言ってくれた。
君はさ、互いをそうして想い合ってる相手から斗織を引き離して、跡取りの母親になって、二人で幸せになれるって、本当に思えるの?」
「それは……、今は、引き離されたと恨みに思っても、自分の子供が産まれて、男同士なんて変な関係じゃなくて、男女のまともな夫婦でいれば、その内……」
「その内? その内って、本当に来るのかな? 俺と離れたらきっと斗織、壊れちゃうよ。
好きだった、尊敬してた先生は何処にもいなくなる。
それでも君は、跡取りの母親になれれば、満足なの?」
「……っ…」
子供相手に言い過ぎただろうか。
小さく震えるその子を見ていると、少しの罪悪感が湧いてくる。
だけど、もう少し優しく諭してあげれば良かったのかもと思う反省の気持ち以上に、俺達の事を頭っから否定された事が許せなくて、悲しくて………
周りが優し過ぎるのかな?
男同士なんておかしい、まともじゃないなんて、誰も悪く言わなかった。
父さんも、斗織のことをすぐに気に入ってくれた。
お姉ちゃんも喜んでくれた。
級長は応援して協力してくれるし、リューガくんも中山も否定したりしない。一緒にいてくれる。
俺の周りがおかしいの?
……でも、そんなこと、どうでもいいや。
俺は皆が好きで、大好きな皆が祝福してくれる。
なら、他の人達の意見なんてどうでもいい。
他ならぬ斗織が、俺のことを好きだって言ってくれてるんだ。
こんな一方的に、自分勝手な理由で他人を非難するような子供から、俺達の関係を否定される筋合いは無い。
俺一人が我慢して、気持ちを──言葉を飲み込む必要はないんだ。
「……跡取りは、必要ですっ!」
まだそれを言うのか……。
「それは、子供を産むことの出来ない人間の否定?」
「っ……だって、貴方は!」
「例えば、世の中には子供が出来なくて不妊治療を重ねる夫婦もいるって聞く。年齢、費用の問題、様々な事情から治療を諦めて二人で生きていこうと決めたその人達に対して、子供が出来ないなら別れて若い元気な女の人と結婚すべきだろう、って君は思うの?」
「それは……、でも貴方は初めから…」
「結婚前から、病気で子供を産めない人だっているんだよ。けれど、その人と一緒になって幸せに暮らしている人もいるだろう。どうしてだか分かる?
好き───だから。他の誰にも渡したくない、一緒にいたい。愛しているから」
「でも、先生は他の人達とは立場が違うんですっ、家元の跡取りで…」
「そういう周りの言葉が、斗織を縛り付けることになるとは思わないの?」
震える声で“でも”と繰り返す少女。
返す言葉のレパートリーも尽きて、可哀想にも見えるけれど、ここで手を緩めたらきっと勢いをぶり返してやり返される。
そんな事になったら、俺のほうが可哀想だもん。
だって俺たち、なんにも悪いことしてない。
お互いが好きで、大切で、一緒にいたい、それだけだ。
「斗織は俺と付き合う前、とっかえひっかえ女の子と付き合ってた。母親に勝手に結婚相手を選ばれるのが嫌で、自分で探していたんだって。
でも、皆、斗織が家元の息子だから、医者の息子だから、お金持ちだから好きになるんだろうって。何人と付き合っても、斗織が彼女たちを好きになることはなかったんだ。
俺としてはね、斗織は格好良いから、一般家庭の子でもやっぱりモテたんじゃないかなぁって思うんだけど」
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