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第163話 決着

意気消沈した様子を見せ、彼女は俯いて、漸く俺の話を聞く気になったのだろうか……。 「先生は、男の人が好きなんですか?」 そう問い掛けてきた。 「初恋は女の子だって言ってた」 「貴方は?」 「わからない、かな。俺の初恋は、斗織だから」 「初恋はっ、叶わないって言います!」 「それは、幼稚園や小中学生、子供の頃の話だからだろう? それだって、思い続ければ叶う可能性もある。幼馴染で結婚したとか、聞いたことが無い?」 出会い頭から比べれば、随分と弱々しく、大人しくなったものだ。 否定の言葉が、他人の言葉に頼ったものになっている。 「胸…がっ」 「胸……?」 「私、今でもCカップあります。大人になれば、もっと大きくなります!」 何を言いたいのか分からないわけではないけど、それももう、斗織から「胸はいらないから太んな」って言われた、済んだ件…と言うか……。 「私の方が女だし、先生をっ……満足させる事が出来ると思います!」 「っ!?」 え、えー…… 中学生の女の子に、下ネタ振られちゃった……。 「斗織、ロリコンじゃないと思うんだけど…」 「今はまだ、子供かもしれませんがっ」 うーん……。向こうから振ってきたんだから、俺が話してもセクハラにならない? ドコまでなら変態にならない? 自分の身体に──女性の体ってことに相当な自信を持っている彼女に、そう言うことじゃないんだよって教えてあげたい、けど……。 「俺が感じてることで、斗織からもおんなじように言われた事があるんだけどね」 言葉を選びながら話を進める。 同年代の同性にならぶっちゃけちゃうんだけどな。女の子相手は、難しい。 「俺たち互いに、手を握るだけで気持いいって言うか…、肌が触れ合うだけで歓喜に胸が震える、って言うのかな。  体がピッタリ重なりあって、この人が自分の対になる存在なんだって身体に教えられてるみたいに、お互いの存在が気持ちいいんだ。  俺は斗織に髪に触れられるだけで変になっちゃうって思うくらい気持ちいいし、斗織も俺の肌が手に吸い付いて気持ちいいって言ってくれる。  貧乳って言葉もあるぐらいだし、胸の小さい女の子だっているだろ? 胸の小さい人が好きな人もいるだろうし。それにね、友達が、巨乳より貧乳のほうが感度が良いって言ってた。  まあそれはともかく、胸が小さいからって自分よりも劣ってるって思うのは、どうだろう。  おんなじ男同士だからこそ、気持ちいい場所もお互い訊かなくても分かったりするし、斗織の感じる所、俺は君よりもずっとたくさん知ってる」 そろそろ、泣いちゃうだろうか? でも、容赦なんかしない。 彼女がぶつけてくる不満を、否定できないよう一つ一つ潰していく。 負けたくないから。 なにより他人に否定されることで、自分と斗織の気持ちを、己の中で揺るがしたくないから。 「俺の言ってること、分かるかな?」 「っ───分かりません…っ!」 拳を握りしめて、唇を噛み締めて俯く彼女にはきっと、俺の言葉が、頭ではそこそこ理解出来ているんだろう。 利発そうな子だ。 身近に無かった同性愛ってものに、憧れの人が関わっている。 理解できない。気持ち悪い。 きっと、そんな気持ちが勝ってるから、認められない。分からないって思いたい。 見目の良い子だ。プライドもあるだろう。 自分よりも明らかに可愛い、美人な女性相手ならともかく、こんな平凡な男に好きな人をとられたなんて、認めたくないのだろう。 俺だって、女の子を泣かしたい訳じゃないんだ。 俺と斗織の想いを否定されたくないだけ。 だから、最後は傷付けないよう、言葉を選ぶ。 「君もいつか、そういう相手に巡り会えたらいいね」 俯いたままの彼女を置き去りに、俺は進むべき場所へ足を向けた。 コートのポケットに手を突っ込んで、スマホをギュッと握る。 反対の手を胸元に当てて、斗織がくれた言葉を染み込ませるみたいにトン、トンとゆっくり叩いた。 心臓が、思った以上にバクバク言ってる。 自分では、落ち着いてるつもりでいたんだけどな。 凄く緊張していたみたいだ。 それに、相手を気遣う余裕も無いくらい、怒ってたみたい。 息を大きく吐いて、気持ちを落ち着かせる。 少し休んだ方がいいかもしれない。 スーパーの入り口が見えてきた。 昨日も級長たちと座ったベンチに腰を下ろす。 赤の他人で、しかもまだ中学生の女の子相手に、あんなに動揺しちゃうなんて……。 言いたいこと、ちゃんと言えたっけ…? 俺、ちゃんと大人の対応出来た? さっきのを予行練習みたいなものって考えたら、斗織のお母さん、鬼のお兄さんと対峙する時は一体どうなっちゃうんだろう。 俺、斗織が恥ずかしくないよう振る舞えるかな……? またバクバクと大きく跳ね上がる心臓をギュッと押さえ付ける。 大きく息を吸って、吐き出す。 落ち着こう。とにかく、落ち着こう。 もう一度息を吸って、深く吐き出そうとお腹から力を抜いて。 ───その時、握っていたスマホが、小さく震えて着信を告げた。

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