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第166話 再襲来
マンションの前に差し掛かると、花壇に腰を掛けて俯く女の子の姿が見えた。
───あの子だ!
まだ居たんだ……。
気付かれないよう足音を潜めて通り過ぎようとすれば、その顔が上がり、彼女はあっ、と小さく声を漏らした。
その顔を見て、ギョッとする。
ハンカチで慌てて抑えたけれど、頬に涙が伝っていたから。
やっぱり言い過ぎちゃったんだ、俺……。
言いたい事言うだけ言って逃げた後、この子はずっとここで泣いていたのか。
俺がお姉ちゃんと話してホッとしてた時も、斗織が来てくれたからって浮かれて買い物してた時も。
目が真っ赤になるまで、1人泣き腫らしていたのか。
「あの、さっきはごめ…」
ごめんと伝え、大丈夫か訊ねようと少女に足を向けた時、
「先生!」
彼女の方から動いた。
斗織へと駆け寄り、その胸に飛び込もうとする。
途端、グッと手を引っ張られ、斗織の胸には代わりに俺の体が収まった。
背中に腕が回されて、ギュッと抱き締められる。
「……牧原か」
斗織がポツリと呟く。
見上げると、安心するように頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「遼の様子がおかしいのは、テメェの所為だな」
聞いたことのない冷たい声。
元カノと別れ話をしていたあの時とも違う、無理矢理怒りを抑えこんだような声だった。
彼女がクッと息を飲む様が、見なくても背越しに伝わってきた。
「私、知ってるんです! なんでその人なんですか!?」
パラリと紙の音。
斗織が小さく息を漏らした。
「なんだ、その写真は。昨日の今日で、良くそんなもん隠し撮り出来たな」
「これは探偵に依頼したものです! 私はそんなに暇じゃありません!」
「探偵…?」
はぁ…、とさっきよりも大きな溜息。
「一体何がしたいんだ、テメェは」
心底呆れたように頭を掻く。
「先生こそ何がしたいんですか!? おかしいです、だってその人男の人じゃないですか!」
思わずビクリと震えてしまった体を、斗織が優しく擦ってくれる。
大丈夫だって言われてるみたいで、少し気持ちが落ち着く。
その肩に顔を擦り付けると、髪に頬を擦り付け返してくれた。
「私、家元に言います!」
少女のその言葉に、今度は斗織の体が反応した。
俺も、大丈夫だよって思いを込めてその背を撫でると、斗織は苦笑するみたいにフッと息を吐き出す。
「ありがとな」
耳元で小さく、聞こえるか聞こえないかギリギリのところで囁いた。
「人の算段ブッ潰そうとしてんじゃねェよ。こっちは準備状態で色々やってるトコなんだよ。まだラスボスの出る幕じゃねェだろーが」
ラスボスって、……お母さんのことなんだろうな、やっぱり。
それよりも、準備状態で色々って……。
昨日言ってくれた「外堀埋めてお前の居場所作って」って言葉を思い出す。
もしかして、もう動いてくれてるの? 斗織。
俺の為に本当に、居場所を作ってくれようとしてるの?
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