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第167話 覚悟
「もしも家元が俺らのことを認めずどうしても別れさせられそうになったら、俺は家を出る。俺から家元の座を奪おうってんだ。テメェ、その重圧に耐えられる覚悟はあんだろうな?」
「そっ……そんな、こと……先生に…、先生こそ、茶道から離れて生きていく覚悟はおありなんですか?」
「茶の道は家を出ても、それこそ1人でも続けられる。だけど遼と生きてく幸せは、1人じゃ味わえねェんだよ。分かるか? クソガキ。俺の人生、邪魔しようとしてんじゃねェよ」
「…………」
斗織の言葉に、胸が熱くなる。
心が震えて、鼻がツンとした。
けど、さ、だからこそ俺だって、守られてるだけじゃダメだって思うんだよ。
斗織は俺のこと、「俺のオンナ」って言って大切に扱ってくれるだろ?
でもね、俺だって男だから。
男の俺は、守られるだけじゃなくて俺からも守りたいって、そう思うから。
斗織の身体を押し離して、少女に向き直った。
「おい」
驚いたように肩に触れられるから、大丈夫だと伝えるためにその手に手を重ねる。
斗織が側に居てくれるから、一人きりで対峙していた時とは違う。
心強いし、ずっと優しい気持ちでいられる。
自分でも分かるくらい、先刻とは異なる柔らかな声が出た。
子供に伝え聞かせる優しい声音で、彼女に語り掛ける。
「俺は、例え斗織のお母さんに、俺たちのことを認めない、別れさせるって言われても、絶対に別れない。斗織が俺のことを嫌いにならない限り、離れてなんてやらない。だけど、斗織から茶道を取り上げたいとも思わない。
だからね、例え何年、何十年って時が掛かっても、斗織の家族に俺たちの想いを認めさせてやる。
それが、俺の覚悟」
唇を震わせる彼女の手から、薄茶色の封筒と写真が数枚零れ落ちる。
「俺と斗織を別れさせたい、斗織を手に入れたいって言う、君の覚悟も聞かせてくれる?」
「っ───」
暫く待ってみるけれど、答えは返ってこない。
相手は中学生の女の子だ。
斗織の人生を壊すほど重要なことに、覚悟なんて持ち得ようもない。
俺だって、斗織と出会わなければこんな歳で、……ううん、どんな歳になっても、重い覚悟なんて持たなかった、かもしれない。
「……覚悟もなく、俺と遼の間にチョッカイ掛けてきてんじゃねェよ」
チッと舌打ちをする斗織を窘める。
「斗織君は、遼司以外にはいつもそうなのかな?」
重ねて、苦笑交じりの声が掛けられた。
「っ…聖一郎さん!」
「えっ、父さん…!?」
斗織が振り返った先を俺も視線で追う。
車を停めた脇に困ったような笑顔で立つ、父さんがいた。
「ごめんね。仕事の移動の途中で2人を見かけたから停まったんだけど。深刻な話をしているものだから、声を掛けられなくてね」
父さんは今更、斗織と少女に「こんにちは」と挨拶すると、俺の頭をくしゃりと撫でた。
「遼司の覚悟は聞かせてもらったよ」
「……っ!!」
ち、ちがっ…! あれは父さんに聞かせようと思ったわけじゃなくて、俺と斗織を別れさせようとしてるその子に…っ!
「親の知らない間に、子供は大人になるものなんだね……」
しみじみとそんなこと言わないでっ! ますます恥ずかしくなっちゃうじゃん!!
「斗織君、遼司のことをよろしくお願いします」
「はい! 一生をかけて守っていきます」
深く頭を下げる父さんに、力強く答える斗織。
いや、嬉しいよ? 嬉しい、けどっ、それ、外でやることじゃないじゃん~~っ!
俺は突然出現した父さんの存在にアワアワと付いて行けずにいるのに、本人は笑顔で至って平然とした様子で、「じゃあ、今日も遅くなるから」なんて軽い調子で手を上げる。
「斗織君、泊まるのは勿論OKだけど、まだ高校生なのだから節度は弁えるように」
「……努力はしてみます」
父さんも言ってること変だけど、斗織の返事もおかしいからねっ! そこは適当に話合わせておけばいいとこじゃないの!?
それから父さんは、1人置き去りの少女に歩み寄り、「家まで送ろうか?」と声を掛けた。
「それとも、こんなおじさんの車に1人で乗るのは怖いかな?」
顔を上げて父さんを見た彼女はハッと目を見張り、勢いよく首を横に振る。
「1人で帰れますっ、大丈夫ですっ」
「そう? 気を付けて帰るんだよ」
「はいっ!」
彼女の顔が心なしか赤く見えるのは……
「あの…おじさまは…ご結婚はされているのでしょうか…?」
「うん? ……そうだね、一度だけ。失敗しているけれど」
「まあ! ではおじさまは、どう言った女性が好みでいらっしゃるんですか?」
……気のせいじゃない、な。
「あの…、さ、斗織。あの子、斗織のことが好きなんだよね……?」
「………はぁ、バカらし」
斗織は深く息を吐き出すと、少女の足元に散らばる封筒と写真を拾い上げた。
その様子にも全く目をくれない彼女に斗織も構わず父さんに向けひとつ頭を下げると、マンションのエントランスへと足を進めた。
俺も父さんに手を振って、その後を追い掛ける。
父さんは苦笑しながら俺に手を振り返してくれた。
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