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第176話 お着替えの時間

パーティーの会場への道はリューガくんにお任せで、俺は中山と話しながらリューガくんと級長の背中に続く。 中山もパーティーが楽しみなのか始終笑顔で、俺と級長のお蔭で成績が上がって褒められたんだ、なんて感謝してくれたりもした。 繁華街、と言っても明るい表通りじゃなくて、夜に賑わいそうな飲み屋街に入り。 リューガくんは勝手知ったるなんとやらで先頭に立ってスタスタと進んでいく。 追い掛ける俺は、なんだかハラハラ。こう言うところ、来ようと思って来たことがない。道に迷って入り込んだことはあるけれど。 「おー、ここここ。ココの4階」 ようやく止まったリューガくんが指さした雑居ビル、4階の看板には『スナック 華』の文字。 ……………! スナックって……!! 「えっ、いいの? 俺たちまだ子供だよ」 「いーのいーの。ココ、山田の叔母さんの店なんだ。木曜定休だし、どうせ昼間はまだ開けてないだろ? 中カラオケあっし、時々使わせてもらってんの」 リューガくんは全然平気な顔でエレベーターのボタンを押すけど…… 「スナック…ですか」 級長はやっぱり渋り顔。 ほら、良くないって、高校生がこういうお店! 「しかし この先そうそう来る機会も無いと思いますし………うん、BLにゲイバーのママに愚痴るシーンもあったりするし、勉強の為に一度内部を見学するのも……」 なに言ってんの、この人!? 一体なんの勉強になると思ってんの!? それに違うよ! 多分、バーとスナックは違うよ!? バーはダンディーなおじさまが大人の雰囲気でお酒を楽しむお店って感じだけど、スナックは、布量の少ないドレスか着物姿の気怠けなママさんが、聴き込みの刑事さんの顔にタバコの煙を吹き掛けるお店、ってイメージ。 まあ、刑事ドラマやサスペンスドラマの影響を受けた偏見なのかもしれないけど。 「ほら、エレベーター来たから早く乗れよ」 リューガくんが顎に当てて考え事をしてる級長の手を握って引っ張った。途端に、級長の表情が優しくなる。 「リョーちんと中山も」 「あっ、うん……」 リューガくんが、なかなか進み出さない俺に手招きをする。 だけど、俺は初めて入る大人のお店になんとなく落ち着かなくて……。 斗織が居ない今、頼れる人は級長か中山だけ。 仕方なく俺は中山のコートの袖を軽く掴んで、ビクビクしながらエレベーターに乗り込んだ。 そして、店の入り口で固まっていた高原くんとも合流して、中に入ると……… 「いらっしゃーい! 君たちが嵯峨野君と中山君? じゃあ、2人は奥へどうぞ~。後の3人はこっちね」 とにかく明るいお姉さんたちが出迎えてくれた…! なっ、なに!?  女の子もいるじゃんっ?! 驚いてる間にシャーって音がして、音の方へ目を向ければ何故か一人のお姉さんがカーテンを引いていて…… 謎に、入口側と店の奥側が仕切られた。 「リューガくん、はいっ、はいっ」 入口近くに3つ用意されたソファーの一つを1人のお姉さんがポンポンしてる。 リューガくんは少し暗い表情ではぁ……と溜息を吐くと、大人しくそこに腰を下ろした。 「南さん、またっスか…」 「またっスよぉ。覚悟を決めい」 リューガくんとはどうやら顔見知りみたいだけど。 不安が隠せない顔で見ていると、気付いたリューガくんが「山田のねーちゃん」と彼女を指して言った。 「山田のねーちゃんの南で~す」 チャラ眼鏡の山田くんは、やっぱりお姉さんもチャラいみたい。 金髪に近いウェービーヘアに、付け睫毛ビシバシ、真っピンクの口紅。 他の2人のお姉さんもやっぱり派手で…… 怯えてしまった俺と高原くんは、無意識のままに手を握りあっていた。 「あっはっは、そんな怯えなくてもいいし。ウケる~」 笑いながら指摘されて、女性相手に怯えるのも失礼だよな、と思い至る。 咄嗟に出た「ごめんなさい」が、寸分違わず高原くんと被った。 「いーよいーよ、大人しめの子にはアタシら怖いみたいだし?」 ……悪い人じゃ、ないのかな…? 快く許してくれた3人にお礼を言って、俺たちも勧められたソファーに座った。 「で、アタシは紘太(ひろた)くん担当のキラリ。ヤバいっしょ、ちょーキラキラネーム。綺麗な光って書いて綺光(キラリ)っつーの。親、子供産まれて浮かれすぎてたんじゃね?ってぇ名前でしょ。お陰でこんな風に育つしか道は無かった、ってーオチね。コレ笑うトコだから困った顔しないの。ま、つーわけで、よろしくね、2人共」 高原くんの前に立ったキラリさんは、黒髪のストレートロングヘアに真っ赤な口紅で、気の強そうなお姉さん。 見た目だけなら、社会への反発を音楽にのせて叫ぶバンドのボーカルやってます、ってイメージだ。 「今は黒髪だけど、こないだまでは綺麗なピンクだったよ~」 だからなんとなく不自然な黒なんだな。 続いて俺の前に立ったのは、 「アタシは(べに)ね。遼司君? よろしく」 前下がりのショートボブを真っ赤に染めた、一番派手なお姉さんだった。 「よろしくお願いします……」 何をよろしくされるのか分からないけど、頭を下げてご挨拶。 だけどまだ慣れなくて、ビクビク怯えていると、 「あっはっは、ヤバいかわい~、ウケる~っ」 また、山田くんのお姉さんに大笑いされた。 「んでもさ、安心して任せていいよ。アタシらこう見えても美容専門学校の生徒だし?」 まだヒーヒー笑いながら、そう教えてくれる。 でも、ん……? 美容専門学校って?? 任せるって、なにを……??? 首を傾げていると、リューガくんが絶望の色を纏った声音で、「観念しろ、リョーちん」と言ってくる。 観念って? まだ分からなくて、目の前の紅さんを見上げると、目が合った瞬間、にやぁっと笑われた。 「はぁ~い、遼司君? お待ちかね、お着替えの時間よ」 途端背筋が寒くなって助けを求めるように周りを見たけれど、リューガくんはすっかり諦めムードで、高原くんに至っては俺よりも更に怯えた様子で、頭を抱えたまま小さくなって震えていた。

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