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第204話 新婚さん
【斗織Side】
誕生日を一緒に過ごす遼の住むマンション。
そのエレベーター内、遼は扉が閉まると待ってましたとばかりに、ずっと胸に抱えていた袋から黒いうさぎのぬいぐるみを取り出した。
一人と一匹、見つめ合うと人間の方はやたら嬉しそうに笑い掛けてその鼻面にキスをした。
命名『とおるくん』らしい。
俺に似てると遼は言うが、正直よく分かんねェ。
けど、悪い気はしない。
……つか、うさぎ、遼にくっつき過ぎだっつーの。
エレベーターが16階に着き、部屋の前。
鍵を開けた遼に、
「30秒経ったらピンポンしてね」
と、いい笑顔で言われた。
余りにも楽しそうに言うもんだから、俺も何故かと訊ねるような野暮はしない。
遼を吸い込んだドアは目の前でパタン、カシャリとオートロックの鍵を締めた。
遼のことだ。部屋が片付いていない、見られたくないものが出しっ放しになっている、そういう類いの事情じゃねーだろ。
何カマしてくるつもりなんだろうな。
腕時計を見て30秒、きっちり数えて、インターホンを押す。
『はい、どちら様ですか?』
インターホンから聞こえる声に、どちら様もねェだろと心の中で苦笑しつつ、「俺」と答える。
『斗織? 待ってて、すぐ開けるね!』
「ああ」
さあ、なにが始まんだか、楽しませてもらうか。
ガチャリと音をさせてドアが開く。
「斗織、おかえりなさい!」
「っ………」
すっかり部屋着に着替えた遼が、笑顔で出迎えてくれた。
ちょっと待て……、なんだこの可愛い生き物は……
キラキラした瞳で俺を見上げて、おかえりに続く返事を求めてる。
「ただいま」
そう答えて、差し出された手にカバンを渡した。
背後でドアが、パタン、カシャリと鍵を締める。
「先にお食事にしますか? お風呂にしますか?」
これは、新婚さんごっこなのか、この後、「それとも私?」と続くのか。
すぐに遼、ってのが望ましいが、流石に今日は急いで行ったから、汗もかいてるしな。
「風呂はまだ溜まってねェんだろ?」
きっと30秒の間に慌てて湯を張りに行ったんだろうと訊ねると、
「ううん。外にいる時アプリでスイッチ入れたから、もう溜まってると思うよ」
ドヤ顔も可愛いとか、……これは惚れた欲目なのか?
「出来た嫁だな」
なら、選択肢は1つっきゃねェだろ。
我慢できずに襲っちまえばそのままなし崩しだ。
そうならないよう、軽く触れるだけのただいまのキスをして、なるだけ余裕に見えるよう、遼の頭をぽんと撫でた。
「風呂、一緒に入るか」
「はい」
少しだけ赤くなってはにかむ遼に、我慢出来っかな、と頭を悩ませる。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、コートを受け取ると、
「コート掛けてきます。それからご飯、一応冷蔵庫に入れてくるから先に入っててね」
遼は少し早口で言い残し、パタパタとルームシューズの底を鳴らしながら室内へ走り込んでいった。
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