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第233話 イケメンのお兄さん
飲み物を買いに行ってくれた斗織を見送って、ベンチの上で息を吐き出す。
疲れたけど、楽しかったぁ。
初めは怖かったけど、斗織が手を繋いで一周してくれた辺りから、恐怖よりも楽しさが上回ってた。
斗織が手を握っててくれれば転ばないし、滑り方も教えてくれたから、ちょっとだけど1人で進めるようにもなった。
「ここまで滑れるか?」って場所まで滑ると、手を広げて受け止めてぎゅってしてくれるし、途中で転べばすぐ起こしに駆けつけてくれた。
それに、尻もちつく転び方は悪くないんだって。
転び方が上手いって、それは褒め言葉なのかどうなのか…、だけど。
本当はあんまり上手くなってないのは分かってるけど、斗織に「大分様になってきたな」なんて言われたらさ。
テンション、がつーんとアップ!しちゃうのは自然の理。
飲み物を買いに行ってくれてる斗織をベンチに座って待つ。
リンクの中には、子連れのお母さん、若いカップル、友達同士。学校が休みに入ったから小学生から大学生の学割勢が多いかな。
…てか、今の小学生ってスケート上手いな。
目の前を楽しそうに、笑いながら滑り抜けていく子どもたち。
俺、すっごいへっぴり腰で、格好悪かっただろうなぁ。
ふぅ…、とちょっと切ない溜息を吐いた時、
「今日の氷の調子はどう?」
背後から声を掛けられた。
誰かと間違えてるのかな?
「あの、初めてスケートに来たので、良い氷かどうかは分からないんですけど」
振り返った先には、長身の男の人が立っていた。
黒髪で、20代半ばぐらい?
整った顔に爽やかな笑みを浮かべていて、嫌な感じはしない。
「そっか。ごめんね、突然話しかけて」
変な人じゃないみたいだ。
最近おかしな人から声を掛けられる機会が多くて無意識に気を張っていた俺は、彼を危険人物ではないと判断してそっと緊張を解いた。
「滑れるようになった?」
「えっ?…えぇと、あんまり…」
ベンチの、一人分も空いていない端に座ろうとするから、場所を開ける。
その人はありがとう、とふわりと笑ってそこに腰を下ろした。
「良ければ、教えてあげるよ」
手を握られる。けど、変な感じはしない。
初めて会った人なのに……、優しそうだからかな?
あ、通学電車で会ってたお兄さんに似てるからかも。
少しほんわかしてて、優しい印象で。
お兄さんよりも、大分フレンドリーなノリだけど。
「あの、恋人に教わってるので、大丈夫ですよ」
「ん~?でも君、男の子でしょ?女の子が手を引いて教えるの、大変じゃない?」
お兄さんが優しく首を傾げる。
恋人=彼女だと思って心配してくれてるのかな。
「えっと…、俺、男なんですけど…」
「うん?」
「恋人も男で、俺より力もあるんで、大丈夫です」
でも、声を掛けてくれてありがとうございます、と頭を下げかけた時───
「蒼佑 テメェ、んなトコで何してやがる!」
カコッ、ビシィッ!と鋭い音がして、俺の手を握る彼の手首に、流れるような美しいチョップが決まった。
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